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お話倉庫

主に長編BL小説置き場です。BLの意味が分らない、または嫌悪感がある方は速やかにブラウザバックでお願いします。

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――隣人がおかしな件について――<7>

 まんじりとしないまま、時だけが過ぎて行く。
 人を待つのって、こんなに長く感じるんだ……。
 壁に掛けた時計と睨めっこを繰返すうちに、海里の瞼はいつのまにか閉じていた。
 と、車の排気音が遠ざかる音と共にカタンと玄関の方で音がして、海里はふと目を覚ます。
 ……あれ? 俺、寝てたのか?
 新聞来たのかな……?
 そこで海里はハッと、眠りに落ちる前の出来事を思い出す。
 アイツかも知れない! 
 もしかしたら表札、バレないように換えに来たのかも!
 ソファーから立ち上がり、抱えていたクッションを放ると、急いで玄関に向かう。
 派手に扉を開け、表に出た。スーツ姿の青葉が朝靄の中、自宅のドアに鍵を差し込んだまま、驚いたように振り返る。
 だが、すぐに繕うような笑顔を向けた。
「……あ、お早う。今日は随分早いんだな?」
 勢いで飛び出したものの、昨日の出来事が脳裏を掠めると躊躇した。今は穏やかではあるが、昨日の青葉の声は地を這うような重低音で、いかにもその筋の威嚇っぽく聞こえてしまっていた。
 声だけで恐ろしいと思うことは、今までの海里の記憶には存在しない。ここに来て、竦み上がってしまっていた。
 そう言えばこいつ、ヤクザだったよな……。
 でも、婆ちゃんに雇われてるなら、そんなに悪い奴じゃないのかも……?
 いや、待て。婆ちゃん自体が悪玉だったら……?
 だけど……そんな悪い人が、どうして俺を守ったりするんだ?
 固まったままの海里に向かい、青葉は「どうした?」と、声を掛けながら、さり気なく後ろ手に何かを隠していた。
 ハッと我に返り、海里はドアの横を確認した。やはり表札がすり換えられている。
 ええい! ごちゃごちゃ考えてても埒が明かない!!
 大丈夫だ、いきなり襲い掛かったりして来ないはずだ!
 恐怖で身体が震えそうになるのを堪えながら、海里は口を開く。
「あ、アンタこそ随分早い出勤だな? それとも朝帰りか?」
「ああ、言ってなかったっけ? 俺、実は水商売で、バーテンなんだけどね」
「嘘付いてんじゃねぇよ。たかがバーテンが、黒塗りの車で送られて来るかよ! 今、何隠したんだ? 見せてみろよ」
「あ、いや、これは……」
 青葉が珍しくうろたえていた。
 よし、大丈夫だ! いつもより余裕無さそうだし!
 ここはガンガン押して、俺が優位に立てばきっと、コイツは口を割る!
 海里はそう確信すると、隙を突き、手にしていたものを取り上げる。
 見てみるとそれは、やはり青葉の名前が記された表札だった。
「なんで俺の表札と換えてるんだよ? それにアンタ……若頭って、ヤクザなんだろ? それに何で、俺がここの大家の遺産相続人なんだよ? アンタと婆ちゃんって一体、どんな関係なんだ? それにピザの事や、タイヤの事も! 訊きたい事が山ほどあるっ!!」
 海里の怒涛のような質問攻めに、青葉は諦めたように深い溜息をついた。
「そっか、昨日の見てたんだ?」
「……ああ。俺にはさっぱり意味が分らない。きっちり説明しろよな!」
「そうか、分った。じゃあ、俺の部屋に来てくれるか?」
 ……冗談じゃない! 
 一度入った事が有るとは言え、正体が分ったんだ、物騒なもの隠してるとも限らないし!
 ここは嫌だけど、俺の部屋に呼んだほうが良さそうだな。
 咄嗟に判断し、海里は口を開く。
「アンタの部屋、何も無いだろ? コーヒーくらい淹れてやるよ」
「分った。でも少し待ってくれるか? スーツは着慣れて無くてね、堅苦しいのは苦手なんだ」
 青葉はスーツを広げてみせる。
 が、正体が分ってしまった以上、信用できる筈も無い。
 コイツ、何か企んでるのか?
 まさか、物騒なもの持ち込む気じゃないだろうな!?
「そ、そう言って逃げるつもりじゃないだろうな? 今すぐ部屋に来いよ」
「はは、どうした? そんなに焦って」
 ネクタイを緩めながら、微笑む仕草がやたら格好良く見える。
 ただの変態だと思っていた頃には、有り得ない心境の変化に海里自体、戸惑っていた。
 め、目の錯覚だって!!
 それとも正体が分ったから、そう見えるのか?
 あっ! もしかしたら、作戦か?
 実は変態じゃなくて、ちょい悪……いや、極悪でしたってか?
 それで格好良く見せて気を散らす作戦か? 
 その手には乗るかっての!! 
 海里は威勢を張る。
「……うるせぇ。俺は一昨日からずっと寝不足で、イライラしてんだよ! 全部アンタのせいだ」
「そうか、それは悪かったな……。それじゃ今度、お詫びをするよ」
「そんなのはいいから。御託並べてないで、さっさと来いよ」
「はは、そんなに焦らなくても、逃げたりなんかしない。それとも何? 俺が恋しくて待ちきれないとか?」
 その言葉に、海里は口から砂を吐き出すような気分になった。 
 ……何なんだよ、コイツ!!
 こんな時にまで、からかってんじゃねーよ!!
「人が真面目に話してるのに、アンタって奴は……」
「いや、そうだったら嬉しいなと思って」
 満面の笑顔を向けられ、海里は目を背けた。
 なぜか心臓が高鳴り、海里はそれを隠すのに必死になる。
「ば、馬鹿なこと言ってんじゃねぇっつーの!! じゃあ、とっとと着替えて来い!! 但し! 物騒なもの持ち込むなよ!!」
 海里は青葉に背を向けると、部屋に逃げ込む。

 取りあえずコーヒーを出すといった手前、用意しようと台所に立つ。
 フィルターをセットし、粉をその中に入れると、深い溜息をついた。
 ……どうしちまったんだよ、俺は。アイツがなんか格好良く見えるなんて、頭がどうかしちまったとしか思えない……。
 髪型のせいか? なんか何時もよりビシっと決まってて、ずっと落ち着いて見えた。
 それにスーツ着ると、より手足長く見えるし……。
 普段とのギャップが有り過ぎて……反則だろ、あれは。
 元々、見た目だけはいい男だからな、アイツ……。
 いや、いやいや……、ちょっと待て。
 アイツはホモで、その上変態だっての!! しっかりしろ、俺!!
 あ、ホモって差別用語だったか……。じゃあ何て言えば良いんだ?
 何だったっけ……兄貴? いや、違うだろ?! ガチ? ガ、ガギグゲ……あ、ゲイだ。
 って何、そんな事に気ぃ使ってんだよ、アホか!!
 頭を抱えながら、首を横に思いっきり振っていると、視界に黒い影が見え、ハッとして視線を向ける。すると青葉が、声を殺しながら笑っているのが見えた。
 普段通りのジーンズにTシャツ姿は、やはりいつもの青葉だ。海里はホッと安堵の息をついた。が、途端に恥ずかしさに見舞われる。
「ち、ちょ!! 誰が勝手に入って良いつった!?」
 青葉は涙目になりながら、口許を手で覆っている。
「プッ、いや……、君が着替えたら……来いって言うから……」
 笑いを耐えてるのだろう、声が上擦っている。
 海里は恥ずかしさを隠すため、声を荒げた。
「あ、あのなぁ!! 来いとは言ったけど、普通チャイムくらい鳴らすだろ!!」
「ごめんごめん。いや、それにしても本当に君は、見ていて飽きないね。可愛いなぁ」
「うるせぇ!! そんな小動物でも見るように言うな!! それより、本題に入ろうぜ? 正直、俺、アンタが引っ越して来てからロクな目に遭ってない。ちゃんと理由を話してくれ」
 真剣な眼差しで海里が青葉を見つめると、青葉も笑うのを止めて冷静な視線を向ける。
「……そうだな、何から話そうか?」
「まず、アンタと婆ちゃんの関係だ。っと、ほら、コーヒー」
 ドリップしたてのコーヒーを差し出すと、青葉は微笑み受け取る。
「ん、いい香りだね……。で、立ったまま話せと?」
「ああ、もう!! いちいち話の腰折るんじゃねぇーよ!! 勝手に何処でも座れば良いだろ!!」
「だって、すぐそうやって怒るから。一応、訊かないと」
「はいはい、俺が悪ぅござんした!! どうぞ、そこのソファーに座って下さい!!」
 青葉はまたもクスクスと笑う。
 ……こっちは真面目に話が訊きたいのに、これじゃ調子が狂うっての。
 ってか昨日見たあの凛々しい姿は、実は別人なんじゃ? それか幻だ。
 こんなおちゃらけた奴が、若頭とか有り得ないし!
 海里はムッとしながら、どっかりとソファーの前に腰を下ろし、胡座をかいた。

「それじゃ首が疲れるだろう? ここに座ればいい」
 そのままの姿勢で後ろからひょいと抱えられ、海里が青葉の膝の上に座る形で、一緒にソファーに座らされた。
「……ナニコレ」
「いや、この方が楽だろう?」
「……普通はさ、『ここに座れ』って言ったら一人で座らせるだろ?」
「ん~まぁ、そうかな?」
 飄々と答える青葉に海里は、こめかみの辺りをヒクヒクと痙攣させながら
「アンタ、本当に若頭とかかよ!? 降ろせバカ!! 俺は猫や犬じゃねぇっての!!」
 膝の上で暴れる海里を、青葉は名残惜しそうに降ろすと、ソファーの前に胡座をかく。
 海里は、板張りの床を見下ろし
「……それじゃケツ痛いだろ? ほら」
 横に置いてあったクッションを放ると、海里は外方を向いた。
「素直じゃないな。ま、そんな所も好きだけどね」
「別にどうでも良いから、ンな事は。早く話せよ」
 青葉はクッションを敷くと、コーヒーを一口含んで飲み込んだ後に、ようやく口を開いた。
「石山との付き合いは、かれこれ百年くらいかな。俺の曾爺さんの時代からだから」
「で?」
「まぁ、そう焦るな」
「俺は今日、仕事なの!! あと二時間もしたら出なきゃならないの!!」
「はは、そうだったな」
 海里は、マグカップを片手に和んでいる青葉を、横目でひと睨みする。 
 ったく、何なんだ……マイペース過ぎて付いて行けない!
 それとも、話したくないのか?
 だからって話して貰わなきゃ、気になって仕事どころじゃなくなるし。
 そう思い、急き立てるように続けた。
「で、婆ちゃんとは?」
「まぁ、祖父が恋してた相手だ」
「結婚は?」
「してない。石山家は昔、ここら辺一体の大地主だった。ここの大家、妙子さんは大金持ちのお嬢様だったって訳だ」
 ……そうか、やっぱ婆ちゃん悪い人じゃなかったんだな。
 そうだよな、あんな大人しそうな人が、姐さんだったとかって有り得ないよな。
 お嬢さんだったのか、それなら納得出来る。
 うんうん、と首を縦に振っていると、青葉はまた可笑しそうに海里の顔を覗き込んだ。
 しまった! また笑われる……。
 海里は恥ずかしくなり、赤面しながら矢継早に捲し立てた。
「それで? 結婚はしてなくても、内縁の妻だったとかは?」
「いや、それも無い。でも互いに惹かれあってはいた様だけどね。うちは、まぁ……曽祖父の時代はそれこそ、ヤクザだったからね。石山家とは地主とここら辺一体を管理していた、ま、言わば持ちつ持たれつの仲だったけど、結婚となればそりゃもう大反対って訳で、結ばれなかった」
「ヤクザだったって……今もそうじゃないのかよ?」
「父がヤクザは嫌だって、事業を起こした。とは言っても不動産兼建設業だから、あんまり代わり映えしないし、昔の繋がりはまだ有るんだけどね。だから俺も名残で『若頭』なんて呼ばれてる。一応、役職は専務なんだけど」
「専務って……それじゃ全然貧乏じゃないじゃん!! 何だよ、騙してたのかよ!?」
「それは君が勝手に勘違いしたんだろう? だから合わせてあげただけ」
 ニコッと微笑む顔が憎らしく映る。ムッとして海里は口を尖らせた。
 だが、仮に青葉が合わせていたとしても、実際に部屋の中は伽藍堂だ。それはどういう事なのかと疑問が募る。
「ゴミ拾ったり、商店街で廃棄物貰ったりとかしてただろ? それに家具だって殆ど置いて無いじゃん?」
「ああ、それは只単に俺が貧乏性なだけで。昔、訳があって妙子さんの所に世話になってた事があるんだ。その時に『物には魂が宿ってるから、大切にしなきゃ駄目よ。それに私達はこの世の全てに生かされてるの、食べ物も大切にね』って言われて育ったせいだ。拾ったものは全て綺麗に直してから、リサイクルショップに持って行ったりしてるって、前にも話をしただろう? 家具に関しては、君が無事に財産を相続したら出て行こうと思ってから、必要最低限のものしか持ち込まなかった」
 話を聞き、青葉はやはり海里と同じく、お婆ちゃんっ子だったのかと納得した。
 が、最後の言葉が引っ掛かっかり
「無事にって……婆ちゃん、そんなに身体、悪いのかよ!?」
 海里が思わず立ち上がると、青葉は穏やかな口調で
「いや、今はピンピンしてるよ」
 その答にホッと息を吐いた。ソファーに腰を下ろし、コーヒーを飲み込む。
 青葉はその様子を眺めていたが、海里が落ち着いたのを見計らってから口を開く。
「生前贈与って、聞いたことある?」
「いや……。俺んち、そんな親戚にも金持ちな人居ないし、第一、普通は死んでからじゃないのか? 遺言状がなんたらって言ってたし……」
「まぁ、普通はそう考えるよね。妙子さんは、後々トラブルにならないように遺言を書いただけ。全部自分で使いましたってね。あると思っていた遺産が無かったら、皆、疑問に思うだろう? そして君にそれが流れたのが石山家に知れたら、君が危ない目に遭うんじゃないかって心配してね。しかし、鼻の利く連中が色々調べて、君に渡そうとしてる事を知ったらしい」
「……でも、何で俺が相続人なわけ? 俺はそんなの貰う権利なんか……」
「君、大学生の頃から、ここに住んでただろう? その時に妙子さんが庭の手入れしてる時、一緒に手伝ったり、話し相手になっていただろう? そして今だって休みの日には顔を出したりしてるだろう?」
「そりゃそうだけど、たったそれだけで……まさか?」
「妙子さんはね、嬉しかったんだよ。石山家の連中は皆、業突く張りな連中ばかりだ。妙子さんの顔色を伺い、擦り寄ってくるだけの、言わばハイエナ同然の輩ばかりだ。そんな中、君は何の見返りも無く、ただ純粋に接してくれたってね」
「それは、俺が田舎で育って周りが老人ばっかだったし、婆ちゃん子ってのもあったから年寄りに親切にするのは、当たり前だと思ってただけで……家賃だってずっと据え置きで、安くして貰ってるし、そんな理由だけで遺産なんて貰えない」
「いや、充分な理由だと思うよ? 今は当たり前のことが、当たり前じゃない時代だ。足手まといだと忌み嫌ったり、老いて行く人の不安な気持ちなど、理解しようともしない」
 青葉はそう言って表情を曇らせた。
「……俺も人の事は言えないけどね。仕事にかまけて、妙子さんの傍に居てやれなかったし」
 青葉の気持ちは確かに分かる。海里は実家の祖母の顔を思い出し、自分も仕事に就いてからはロクに帰省していなかったと反省する。
 だからつい、青葉を庇ってしまった。
「いや、そんな、仕方ないだろ? 専務ともなれば色々忙しいだろうし……」
 青葉はその言葉に頬を緩めた。絡みつくように見据えられ、慌てて視線を逸らす。
「だから! 俺も暫く帰ってないから……」
「でもね、君の話は聞いてた。優しい子だってね。今だって、俺の事を庇ってくれたんだろ? だから、安心して任していられたって言うのもある」
「そんなんじゃねぇよ、社会人になったら学生みたいに暇じゃなくなるからな」
 褒められたと思うと、なぜか心がふわふわと浮き立つ。それを悟られるのが恥ずかしくて、俯き加減に青葉の様子を伺った。
 青葉は俯いていて、海里の様子を悟った様子はない。ホッと息をつくと、青葉が
「……だけど、大学出てから十年くらい顔を合わせてなかったからね」
「……十年くらいって、アンタ、歳、幾つだ?」
「ん? 今年で三十四になる」
 海里は驚きのあまり、持っていたマグカップを落としそうになる。
 何とか落とさずに済んだそれを、テーブルの上に置いた。 
 う、嘘だ!! てっきり、ちょっとだけ上だけだと思ってた!!
 って事は、俺より十も上な訳!? 
 嘘だ絶対、そんな歳には見えないって……。
 あ? だからか!! 
 髪型変えただけで、あんなに落ち着いて見えたのは……。
 しげしげと青葉を眺めていると、視線に気が付いた青葉は
「何? そんなに潤んだ目で見つめて。惚れた?」
「……それさえなきゃ、普通の人なのに」
 ガクリと項垂れる海里に、青葉はクスクスと笑いながら
「でも、俺は君が本当に好きなんだけどね? まぁ、君が迷惑してるのは知ってるから、強引にはどうこうしようと思わないから。ま、いずれ……」
「それは無いから」
 きっぱりと否定すると、青葉は意地悪そうな顔をして
「ふーん? 生前贈与の話も知らなかったくせに? これから財産受け取ったら色々、困る事が起きるだろうね? 手続きやら、税金の事やら、調べる事沢山あるね?」
「いや、要らないって言ってるじゃん!? 人の話聞けよ!!」
「妙子さん、君が喜ぶと思って、楽しみにしてたのになぁ。ああ、可愛そうに。ショックで首吊らなきゃいいけど……」
 青葉は戯けたように肩を竦め、首を横に振った。
「アンタなぁ!! 縁起でもない事言うなよな!! ってか、俺じゃなくてアンタが貰えば良いだろ!! 正直、そんなゴタゴタに巻き込まれたくないんだよ!!」
 海里は興奮のあまり、ソファーの前のテーブルを両手で叩いてしまった。
 置いてあったマグカップが倒れ、コーヒーが零れる。
「少し、悪ふざけが過ぎたな……。すまなかったよ」
 青葉の言葉に海里はハッと我に返る。零れたコーヒーが今にも床に滴りそうになり、慌てて台所に行きテーブルクロスを持って来て、零れ落ちたコーヒーを拭き取った。
「……掛からなかったか?」
「ああ、それは大丈夫。でも、本当に妙子さんは、君に譲りたいと思っているんだ。その気持ちは汲んで欲しいと思うんだが……」
 一通り拭き終えると、クロスを握り締めたままソファーに腰掛けた。
「――だけど、そんな金は貰えない……。それに、アンタが婆ちゃんとそんな関係だったら、アンタが受け取るのが筋ってもんだろ?」
「いや……。俺は妙子さんの意思を尊重したいんだ。妙子さんは君に半分贈与して、残りは余生と、それでも残るようなら俺にと言ってくれてるが、俺は全部君に託して構わないと思っている」
「いや、だって……。半分たってどれくらいだか見当も付かないし」
「そうだな、ざっと計算して……土地だけで五億は下らないかな?」
 その額を聞き、海里は驚きのあまり立ち上がる。
「ご、五億って……!! ちょっと待て!! そんな大金、受け取れる訳がないだろう!!」
「そうか? 宝くじにでも当たったと思えば」
「何、呑気な事言ってんだよ!? そりゃアンタにしたら大した事無い金かも知れないけど、一般のサラリーマンが一生掛かっても稼げない額だろうが!! やっぱり無理だ、そんなの!! 受け取れない!!」
「……そうか。残念だが、妙子さんにそう伝えておくよ」
「ああ、そうしてくれ」
 どうやら遺産相続は免れたようだとホッと息をつき、海里はソファーに座る。

 ちょっとした小遣い程度なら、喜んで貰ったかも知れない。
 でも金額があまりに大き過ぎる。小市民な海里には、負担が大きすぎて精神的に辛かった。
 青葉の言う通り、宝くじに本当に当選したとなれば、また話も違ってくるのだろうが、人の財産となると、妬みや恨みを買う恐れが大きい。
 今現在、その親族達が海里を狙ってる事も判明した。青葉が居なかったら、自分は無事じゃなかったのかもと思うと、背筋が冷たくなる。
 ふと、自分が財産相続を放棄したら、青葉はどうなるのだろうという考えが頭を掠めた。
「……そしたらアンタも俺を庇う必要が無くなるから、出て行くんだろ?」
「暫くはまだ、石山の動向が気になるから居るけど、結果、そう言うことになるね」
 その返答に、海里の胸の奥がチクリと痛んだ。
 ……何だ? 
 こいつが出て行ってくれた方が、良いに決まってるじゃん。
 今まで通り、平穏な日々が帰って来るんだ。愛梨さんも部屋に呼べるし!
 なのに……何で……?
 海里は首を横に思いっきり振ると、自分に言い聞かせるように言い放った。
「そっか! これでやっとアンタから開放されるんだ」
「……そうだな。それじゃ、俺が居なくなったら戸締りきちんとしておけよ? 前みたいに鍵をポストなんかに入れてると、石山の雇ったクズ共がまた侵入しかねないからな」
「……え?」
「君が断ったとしたら、妙子さんはどこかに寄付するって言ってたからね。でも、あいつ等は馬鹿だから、そんなの信じないで君を脅して強請りに来ると思う。極力、そうならないようには勤めるが、最悪の場合の事を考えて、出来たら引越しを検討した方が良いのかも知れないね」
「えっ、ちょっと待って? アンタ、前、俺の部屋に居たのって……」
「ん? ああ、あの時は悪かったね。どうしても外せない急な仕事が入って、表札換えるの忘れてて、戻ったら君の部屋から物音がして。覗いてみたら、数人の柄の悪そうな連中が荒らしてたから、つい、ね。多分、石山が雇ったチンピラ共だろう。それでそいつ等を追い出した後、片付けしてたら君の車が見えたから、慌てて汚れたシャツを窓から放ったのは良いんだけど、さすがに何か羽織らないと驚くだろうと思って、目に付いた服を借りたんだ。台無しにしてしまって、すまなかったね」
 苦笑いを浮かべる青葉を、海里はじっと見つめた。 
 ……そうだったのか。
 それじゃ、今まで覗いていたり、ストーキングしてたのって、全部俺を守る為だった?
 でも、何でそこまでして……。
 婆ちゃんはこいつにとって親同然なのは分ったけど、その婆ちゃんに言われたからって、そこまでしてくれるか?
 それとも、護衛の見返りを沢山貰ってるのか?
「……何で、何でさ、俺にそこまでしてくれるわけ? もしかして婆ちゃんから、雇われてるのか? 俺を護衛しろって……」
 すると青葉は、キョトンと海里を見つめた後、クスクスと笑い出す。
「な、何、笑ってんだよ!?」
「いや、君は面白い考え方をするんだと思って」
「だってそうだろ!! それ以外、考えられないだろが!!」
 海里の言葉を聞くと、青葉は俯き加減に微笑んだ。
「……そうか。それじゃ、こんなにアピールしても、君には全く通じてなかったんだな?」
 それってもしかして、からかってるんじゃなくて、本当に俺の事が……好きって事か?
 海里はふと青葉の瞳に、視線を落とす。
 その黒い瞳は、更に影を増しているようにも見えた。
 青葉の姿を見ていると、胸が締め付けられるような感覚が起こり、瞳をずっと見ていられずに目を背けた。
「……だってアンタ、俺の事ロクに知らないだろ? そんなんで好きとかって、普通に考えておかしいだろ? 例えアンタがホ……ゲイだったとしても、何で俺なんか?」
「さて、何でだろうね? 正直、自分でも分らないよ」
「分らないって……。理由あるだろう、普通」
「じゃあ君は、人を好きになる時に理由を考える?」
 そう言われて、海里はふと考え込んだ。
 俺は愛梨さんが好きだけど、理由なんか考えた事あったか?
 確かに黒髪や胸とか、自分のツボだったけど……。
 でもそれだけだったか? 
 俺は今まで、愛梨さんの何処を見て好きになったんだ?
 …………そうだ、好きになる時に理由なんか無い。
その考えに辿り着き、重い口を開く。
「……アンタに言われるまで、気が付かなかった」
「人はそれぞれ好みって言うものがあるけど、たまたま君が俺の好みだった。だから妙子さんに言われるまでも無く、君を護りたかった。理由を付けるとしたら、その程度だけどね」
 青葉が話し終わるのと同時に、携帯のアラームが鳴り出す。
「……さて、そろそろ支度をしなきゃいけない時間だろう? 俺はこれで帰るよ。コーヒーご馳走様、美味しかったよ」
「……ああ」
 青葉は立ち上がり、海里を見下ろすと、眉を寄せて哀しそうに口の端を上げた。
 海里はその場から動かず、ただ玄関のドアが閉まる音を聞いていた。



               ――to be continued――


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