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お話倉庫

主に長編BL小説置き場です。BLの意味が分らない、または嫌悪感がある方は速やかにブラウザバックでお願いします。

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――扉を開けて――<33>

 怒涛の北海道旅行が終わり、あれから三ヶ月ほど過ぎた。ようやく夏の残暑も薄れ、秋の気配が漂っている。それからの日々は至って平穏だった。
 俺はもう、吉岡の霊に悩まされる事もなくなり、病状も回復して薬も処方されなくなった。今ではアルバイトではあるが勤め、蓬田さんも定職に就き、お互いそれぞれの日常を歩んでいる。長かった髪もばっさりと切り落とし、蓬田さんが作ってくれる食事が旨すぎて、身体も元の体格に戻った……らしい。
 見た目は多分、以前の俺に近いと思う。だが、結局、記憶は戻る事はなかった。
 それでもあの悪夢のような日々を考えると、幸せだった。
 今日もアルバイトを終えた俺は、家路へと急ぐ。
 車の免許を再取得し、俺が乗っていた車は蓬田さんが整備してくれていたお陰で、今も軽快な走りをしてくれる。
 マンションに着き、着替えを済ませると蓬田さんが用意してくれている夕食を温めて、それをよそうと玄関のチャイムが鳴る。
 俺は帰ってきたご主人様でも迎えに行く犬のように駆け出し、その扉を開けた。
「ただいま、隼人」
「お帰りなさい、蓬田さん」
 いつもオイル塗れで帰って来る蓬田さんは、やはり車が好きなのだろう、いつも上機嫌そうだ。その笑顔を見ているだけでも幸せな気分に浸れる。

 ざっと身体の汚れを落とした蓬田さんが、テーブルに着く。
「いつもありがとうな。さ、飯にしよう?」
「あ、はい。でも俺は温めただけですけどね?」
 そう言うと蓬田さんはクスッと笑みを零す。
「でも進歩したよ。皿を割らなくなっただけでも、進化してると思うよ?」
「……物凄い遅い進歩ですけどね」
「いや、前だって隼人は……」
 そう言い掛けて蓬田さんはハッとして口を噤んだ。
 俺はそれにどう接して良いのか困惑しつつも、笑顔を向けた。
「あー、前の俺も、こんな感じでした?」
「あ、うん……そうだね。……それじゃ食べようか?」
「はい。それじゃ、いただきます」
 俺は何事なかったように挨拶をし、食事をする。蓬田さんの気を遣わせないために。
 きっと彼も無意識に、以前の俺の事を話してしまうのだろう。
 あの北海道での出来事で記憶が戻らなかった事が、残念だったのだとは思う。
 可能性が見えていただけに、その心残りは計り知れない。
 だが、それは俺も同様なのだ。記憶が戻らない歯痒さで、落ち込むこともしばしばだ。
 しかし、戻らなかったものは仕方ない。この先の軌跡を、二人で築いて行くしかないのだから……。
 夕飯を済ませると、俺は洗物をする。その間、蓬田さんは風呂の準備をしてくれる。
 何気ない日常――。だけど、俺はやはり過去の自分に勝てない。
 それがコンプレックスとなってしまい、北海道旅行のあの日以来、蓬田さんと肌を重ねる事もなかった。
 俺から誘えば、きっと応えてはくれる。だけど、変なプライドが邪魔をして、誘うのも躊躇われた。深い息を吐き、洗物を終えると、紅茶を淹れる。
 カールさんのようにうまく茶葉から淹れられない俺は、市販のティーパックを使う。
 それでも蓬田さんは美味しいと飲んでくれた。
 蓬田さんの優しさに触れるたび、俺は切なくなって行く。
 このまま――記憶を失くしたまま、これから一生、蓬田さんの側にいても良いのだろうか……。そんな時、ふと麻里の言葉を思い出した。
『一つだけお願いがあるの』――。
 俺はあの出来事のゴタゴタに紛れ、それをすっかり忘れていた。そして俺があちらの世界に飛ばされていた時の話にも興味があり、蓬田さんが戻ったらその話をしようと思っている矢先、リビングの扉が開き、当人が姿を現す。
「あ、紅茶入りました。良かったらどうぞ」
「ん、ありがとう。もう少しで風呂が沸くから、先に入って良いよ」
「はい。ありがとうございます……。ところで蓬田さん、あの時、俺はどうなっていたんでしょうか?」
「……あの時?」
「ええ、北海道で波多さんと……」
「ああ、あの時ね。そう言えば、隼人はそこの記憶は?」
「無いです。その時俺は、どうやら霊界にいたらしくて」
「……霊界?」
「ええ。麻里と晴くんに会って来ました」
「そうなんだ。それで?」
 俺はその時の話をした。
 麻里が言っていたメッセージを言い終え、少しの間沈黙が訪れる。
 そこにタイミングよく、風呂が沸いたと知らせるアラームが鳴った。
 蓬田さんは上の空のようだった。きっと何か考えているに違いない。それを聞こうかとも思ったが一度、話を終わらせてからの方が良いだろうと思った。
「じゃあ、先にお風呂使いますね?」
「あ、ああ。どうぞ」
 ぼんやりと考えに耽る蓬田さんを後に、風呂に浸かると考えを巡らせる。
 蓬田さんは麻里の話を聞いて、どう感じただろう。
 そして記憶がない間、何が起こっていたのだろう。
 そんな事を考えつつ風呂から上がると、聞き慣れないメロディーがリビングに流れていた。アップテンポのそのメロディーは、蓬田さんの好みじゃないような気がした。
 だがその曲は、どことなく聞いた事があるような感じだ。記憶を手繰ると、俺が中学二年くらいから嵌っていた、バンドの曲調に類似している。
「珍しいですね、蓬田さんがこんな曲を聴くなんて」
「え、ああ……ちょっとね」
 蓬田さんは複雑そうな眼差しで宙を仰ぎ、その音楽に耳を傾けているようだった。
「あの……、ヘビメタ、好きなんですか? なんか意外ですね」
「あ? ああ……中学の時の友達の親がね、このバンドを組んでいて……」
「そうだったんですか。俺、ヘビメタ系好きなんですよ。この曲も良い感じのノリですね」
 俺はアップテンポの曲調に機嫌を良くし、満面の笑みを向けた。
 ところが蓬田さんは寂しそうに口の端をあげる。
「……でももう、捨てなきゃって思って……」
 曲調が変わり、バラード調の曲が流れ出す。
「え、どうしてですか?」
「……うん、それは後で話すよ……。それじゃ、俺も風呂に――――」
 曲のサビの部分が流れた時、蓬田さんの声が遠ざかった。
 瞬間、俺は今まで錆び付いて解けなかった鎖が壊れるような衝撃を頭に受けた後、目の前がおびただしい光に覆われ目を細めた。



               ――to be continued――
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