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お話倉庫

主に長編BL小説置き場です。BLの意味が分らない、または嫌悪感がある方は速やかにブラウザバックでお願いします。

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――扉を開けて――<8>

 新緑が芽生え、初夏の清々しい空気に包まれた五月中旬、久し振りに帰ってきた我が家――と言いたい所だが、記憶と家が違う。
 地名も以前住んでいた所とは、かけ離れた所だった。山沿いの民家がまばらな所で、都会だった景色とは全く違う。それを口にすると母は
「前の家は大きすぎてね、お母さん、ちょっと身体を壊してしまって、空気が良い所の方が良いんじゃないかって、お父さんがね。それに掃除が大変だから、引越したのよ」
 俺の荷物を片付けながら、和やかに談笑する。
「そっか。麻里も嫁に行ったみたいだし、確かにあの家じゃ掃除も大変だよな……。ところで身体は大丈夫なのか、母さん」
 それを聞いた母は、なぜか悲しそうに俯く。
「ええ、ここは空気も綺麗だからすっかり良くなったわ。そんな事より隼人、今日はお祝いしましょう! お母さん、久し振りに腕を振るうから好きなもの言ってちょうだい。何が食べたい?」
 無理に笑っているように見える母に少し疑念を抱いたが、俺の事で疲れていたのかも知れないと思い直し
「ああ、うん。そうだな……和食がいいな。ほうれん草の胡麻和えとか、さばの味噌煮とか食べたい」
「そう、分ったわ。それじゃお母さん、買い物に行くから、自分の部屋でもここでも、好きなところでゆっくりしてなさい」
「ん、それじゃテレビでも見ながら待ってるよ。ああ、でも髪が鬱陶しいな……。母さん、俺、自分で切るから、鋏貸して?」
「自分でなんてしたら変になるわよ? 床屋さんに行く?」
「いや……人に触られるのが嫌なんだ。多少おかしくても良いから、自分でやるよ。病院では鋏は貸してもらえなかったから……」
「……そう、分ったわ。ちょっと待っててね」
 母は居間の奥に置いてあるスツールから鋏を取り出し、俺に渡した。
「ここで切る? だったら新聞とか用意した方が良いわね」
「いや、風呂場にしようかな。その方が母さんも楽だろう? 洗面所は?」
「ええ、こっちよ。いらっしゃい」
 母の後に付いて、見慣れない家の中を見回しながら、洗面所へと足を運ぶ。
「着替えはここに置いて行くわね。髪を切ったついでにお風呂に入るでしょ?」
「ああ、うん。そうするよ」
「お風呂はもう沸いてるから、ゆっくり浸かると良いわ」
 何から何まで言わなくてもやってくれる。さすが母親だ。
 家に帰ってきたという安心感が、俺を包み込む。
「母さん……色々、心配掛けてごめんな……」
 俺は素直に思ったことを告げる。十代の頃の記憶しかないとは言え、自分はもう三十路なのだ。そんな年になってまで、親に迷惑を掛けている自分が情けなくなる。
「……いいのよ。あなたが無事でさえいてくれたらそれで……」
 涙もろくなったのだろうか、母は目元を擦って微笑む。
 そんな母を見ていたら、胸の奥がぎゅっと切なくなる。俺は母や父に相当、心配を掛けたに違いない。そう思うと罪悪感に苛まれる。
 そんな俺の事を気にしてか、母は「後ろのほう、切ってあげましょうか?」と、問う。
「いや、大丈夫。これくらい自分で出来るし。早く買い物行って来た方が良いんじゃないかな、もう日も暮れるし」
「そう? でも、やっぱり私がやった方が……」
 母は心配そうに鋏を見つめながら、何度も問いかける。
「本当に大丈夫だよ。もしかして鋏が心配?」
「……ええ、正直言うと。だって病院では貸して貰えなかったんでしょう?」
「それはそうだけど、俺はもう良くなったんだよ。だから家に帰って来られたんだろ。違う?」
 母はじっと俺の目を見つめ、諦めたように溜息を吐くと微笑んで見せた。
「そうね。隼人の言う通りだわ。お母さんちょっと過敏になってたみたい。それじゃ行って来るから、お留守番お願いね」
「……ん、気をつけて」
 気丈にはしているものの、母の後姿は小さく感じた。その姿を、胸が押し潰されそうになりながら見送る。

 母が洗面所を出たところで髪を解き、見える範囲を適当な長さに切る。
 伸びた髪は三、四十センチほどあっただろうか。床にパラパラと落ちていく。
 洗面所の鏡を覗き込み、横の辺りの長さを確認した時だった。暖かいはずの室内が、急に冷たい空気に覆われたかと思うと、俺の直ぐ後ろに人影が写る。
 息を呑んでそれをじっと見据えると、あの幻覚の男だった。
 俺はまたかと思い、そのまま見ぬ振りをしようとしたら、耳元に生暖かい息が掛かる。
 いつもとは違う様子に、俺は少しの恐怖を感じた。
『髪を切っているんだね。あまり短くしない方が似合うよ』
 だが他愛も無い言葉に、ホッと息を付く。どうせ幻聴だ。俺はそれを無視して、髪を再度切ろうと顔を横に向けて、後ろ髪に鋏を入れようとした時だった。
『隼人――君が一人になるのを、ずっと俺は待っていたんだよ』
 その男はニヤリと口の端を上げて、気味の悪い笑みを浮かべる。
『記憶を戻したいんだろう? そう、だって今の君は、本当の君じゃないからね』
「本当の……俺じゃない? どういう事だ」
 その男に向かって話しかけてしまい、俺は鋏を下ろすと首を横に振る。
 これは幻覚だ。自分の脳内にある物質が見せる幻なのに、それに答えるなんて馬鹿馬鹿しい。記憶が戻らないから、焦っているのだろうか……。
 そんな風に考えていると、男は
『隼人、こっちにおいで。そうすれば全て思い出せるから』
 抱えた塊を、まるで子供か愛おしいものでも見るような視線で、見つめている。
 前から気になっていたその塊は、一体何だというのか。幻にしても何かが記憶の片隅に残っていて、それを残像として捉えているのかも知れない。
 そんな風に考えていると、幻聴は考えを遮るように脳内に響く。
『知りたくは無いのか? 本当の自分を』
「……お前、誰なんだよ? 幻覚のくせに話しかけるな」
『幻覚? そうか。君は俺の事をそう思っていたんだ……可哀想に、薬が効きすぎてしまったようだな』
 何かを知っていそうな口ぶりに、俺は眉を顰める。
「薬が効きすぎたって、どういう事だ」
『それはあの男が仕組んだ事だ』
「……あの男? 誰だよ、まだ誰かいるのか? 幻覚って言うのは厄介なものだな。どうせ答えられないくせに、適当な事を言うな」
『ならば俺の名前を教えてやろう。俺は晃だ。君とずっと一緒にいた晃だよ』
 その名を聞いた途端、全身がガタガタと震え出す。それに反応するかのように男に抱えられた物体が揺らめいた。
 何か途轍もない恐怖を感じるのと同時に、視界がブラックアウトする。
 そして脳裏に俺とその男が話している映像が浮かび上がる。互いにスーツを着ていて、長机が並ぶ中、資料らしきものを手にしながら、大勢のスーツを着た人々の前で説明をしていた。
 何が起こったのか理解できないまま、呆然と鏡を見ていると男が抱えている物体が発光し始める。
『ほら、思い出しただろう? これは君の記憶の欠片……。そう、これは君の一部なんだよ』
「どうしてそんなものお前が持っているんだ!? 俺の記憶の欠片って、何なんだ!!」
『これと融合すれば全て分る。だからほら、おいで』
 男は俺の腕を掴んだ。その途端、全身が凍て付くような感覚が襲い、体が揺れる。
 そして鏡を見たら男が掴んだ俺の腕が、半透明になり身体から引き出される様が映っている。驚愕した俺は、叫び声を上げながら鋏を鏡に突き立てていた。
 ガシャンと派手に割れる物音に母が気が付いたのだろう、廊下を駆けて来る足音が洗面所のドアを開けた。そのはずみに、冷えた空気は立ち消えた。
「隼人!! どうしたの!?」
 鏡が砕け散った床を凝視し、蒼白な顔で問う母に
「男が俺を連れて行こうとするんだ!! こっちに来いって何度もっ!! 幻覚だと思っていたら身体が引き剥がされそうになって……それで怖くなって鏡を壊せば消えると思ったから……!!」
 パニックを起こしていたせいか、うまく説明できないでいると母は怪訝そうに顔を覗き込む。その瞳には涙が浮かんでいた。
「……何を言ってるの? 男の人なんか……」
「いや、居るんだ!! 鏡に映っていたんだ、晃って名乗って!! 俺の記憶をずっと抱えていて、いつも俺の前に現れるんだけど、今日はなんか雰囲気が違って……」
「あき……ら? そんな男の人なんか……」
 母は蒼白のまま、その場に倒れてしまった。
「か、母さん!?」
 俺は慌てて母を抱き起こす。
「どうしたんだよ、母さん!!」
 揺すっても目を開ける気配がしない。慌てた俺は居間まで走り、電話で救急車を呼んだ。



               ――to be continued――

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