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主に長編BL小説置き場です。BLの意味が分らない、または嫌悪感がある方は速やかにブラウザバックでお願いします。

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――扉を開けて――<21>

 明くる日、目が覚めてリビングに向かうと、蓬田さんの姿は見えなかった。代わりに約束通り、カールさんがキッチンで作業をしていた。
 蓬田さんに会えなかった寂しさと、安堵したような複雑な気持ちが入り交ざる。
「おはようございます、桜井さん」
「あ、はい。おはようございます」
 挨拶をされ慌てて答えると、カールさんはにっこりと微笑んだ。
「朝食の準備は出来てるから、いつでも食べたい時に言って下さいね」
「あ、はい……」
 正直、昨日の事が頭に残り、食欲は湧いてこなかった。ソファーに腰を下ろすと、カールさんはコーヒーを出してくれた。
「ところで桜井さん、昨日、涼太から話は?」
 言いながら向かい側の席にカールさんも腰を下ろす。
「ええ。全て聞きました」
「そうですか。……それで、どう思いましたか?」
 外国の人と言うのは、遠慮がないのだろうか。ズバズバと核心に触れられ、幾分気分を害した。
「どう……って言われましても、まだ実感がわきません。自分で思い出せたら、また違うのでしょうけれど、今は事実に困惑してるだけです」
「……困惑? それは、涼太に対して? それとも事件に対して?」
 カールさんの表情が険しくなる。
「その両方です」
 俺がきっぱりと答えると、カールさんの表情は益々険しくなった。
「それじゃあなたは、涼太に対して嫌悪感を抱いているの? 男が恋人だったって事がショックだった?」
 口調が険しく、まるで詰問されてるようだった。
 俺はそれに反論する。
「いえ、嫌悪感は無いです。ただ……」
「……ただ?」
「彼が好きなのは今の俺じゃない。記憶がある頃の俺です。多分、俺は変わってしまったでしょう。それなのに、ここにいても良いものか……」
 カールさんは俺の答えに、ホッと息を吐いた。
「それだったら心配ないですよ。どんな風になっても桜井さんは桜井さんだ。涼太だってそれを承知で、あなたの身柄を引き受けたんだ」
「でも、恋人が変わってしまったら……きっと悲しいと思います。現に蓬田さんは、俺にどう接して良いのか分らない様子ですし……」
「だから離れたい、そう思ってるの? あなたは知らないでしょうけど、涼太がどんなに必死にあなたを探していたか……。日本に帰って来てもずっとあなたを探していた。だから定職にも就かずに……。それだったらオレは彼をアメリカまで連れて行く。昨日も言いましたよね?」
 カールさんの眉間の皺が深くなる。
「どうしてそこまでカールさんは、蓬田さんを? あなたには恋人が居るんでしょう?」
 俺は、疑念の眼差しを向ける。恋人が居るのにも関わらず、蓬田さんに対しての態度が怪しい。もしかしたらカールさんも同性愛者または両性愛者で、蓬田さんの事を狙っているのだとしたら許せない。両天秤に掛けられる蓬田さんが可哀想だ。
 そう思い、カールさんを睨んだ。
 カールさんはそれを察したのだろう、真直ぐに俺の目を見ながら答えた。
「これは……涼太にも話した事のない話なんだけど、オレには三つ年の離れた兄貴がいてね。丁度、涼太とあなたの年と同じだ。でもオレはその大切な家族を……テロリストによって奪われてしまった。オレの恋人は名立たるホテル王の息子で、オレ達は従兄弟同士なんだ。オレの家も代々、ホテルを経営していて、それなりに財力がある。いわゆる親族営業って事だ。兄貴はオレの恋人であるリチャードの姉、エリーと結婚をした。うちは財産目的で近寄って来る人が多かったから、ケイン……俺の兄貴も従兄弟であるエリーを選んだ。幸せに暮らしていたはずなのに、ある日、テロリストが金目的の為にエリーを誘拐したんだ。軍資金が底を尽きたんだろうな、それは正直、高額すぎて支払う事は不可能だったから、オレ達家族は警察に頼った。ところが警察は相手がテロリストだからと怖気づいて、何もしてくれなかった」
 カールさんは身体を震わせながら、話を続けた。
「それで焦燥した兄貴は、一人でテロリストに立ち向かって行った。だけどエリーは拷問に遭い、薬漬けにされた挙句、強姦されていて……自ら命を絶った後だった。今度はうちの親族の内の誰かを、人質にと考えていたテロリスト達は、人質が自ら来たと喜んでいた。しかし、兄貴はエリーの死を知って、身体に爆薬を仕掛けたらしい……テロリストの巣窟諸共、消え去った。後に逃げ出したテロリストの一人が捕まり、警察にそう言っていたと、後から聞かされた」
 カールさんの碧眼から、一筋の涙が零れ落ちた。
 俺は何も言えないまま、視線を床に落とした。
「涼太に会って親しくなるうち、兄貴と状況が似ている事に気が付いたんだ。オレは涼太に兄貴の影を見ているのかも知れない。兄貴の為に何も出来ずにいたオレは、涼太の力になる事で、罪を滅ぼしたい……そう思っているのかも知れない」
「――そう、だったんですか」
「だから、涼太には幸せになって欲しいんだ。あなたが幸せに出来ないと言うのなら、オレ達が……涼太が幸せになれるように手助けをしたい。そう思っています」
 意思をはっきりと伝えられ、カールさんのような自信は無かった俺は
「――こんな俺では、蓬田さんを幸せにする自信なんか……」
 俯いたまま、小さな声で答えるしか出来なかった。
 するとカールさんは目許を掌で擦り、ポツリと言った。
「でも、涼太の事が……好きなんでしょう?」
 ハッとしてカールさんを見上げた。昨日の時点では、昔の感情がそうさせているのかと思った。だが、よくよく考えてみれば、俺は会った日から蓬田さんを意識していた。
 男だからと、俺は自分に規制をしていたのかも知れない。あの胸の高鳴りは、まさに恋心そのものだ。やっと自分の思いに気が付いた俺は、頷いた。
「はい、俺は蓬田さんが……好きです」
「そっか。それを聞いて安心したよ」
 カールさんは厳しい表情を一転させて、穏やかに微笑んだ。
「今は仕方のない事だから、涼太に甘えるといい。だけど病気が治ったら、ちゃんと涼太を支えてあげて? あなたは涼太に再び恋をした。たとえ記憶が戻らなかったとしても、きっと大丈夫だよ。うまくやって行けるって信じてる」
 その言葉に励まされる気がした。俺はカールさんに謝罪と感謝の気持ちを述べた。
「その……疑ったりしてすみませんでした。助言、ありがとうございました。今はまだ頼りないけれど、いつか近い未来、彼を幸せにするって、約束します」
「もし約束を破ったら、速攻でアメリカに連れて行くから、覚悟しておいてね?」
 クスクスと笑いながらカールさんは「それじゃ桜井さん、食事にしましょう。涼太がね、隼人はこれが好きだからって、早起きして作ったらしいよ」
 テーブルに次々と並べられる食事を見て、俺は驚いた。
「い、いえ! こんなに沢山は食べられないですよ」
「え? オレも食べるんだけど、ダメ?」
「あ、ああ。そうだったんですか。いくらなんでも一人分じゃないとは思っていたんですが……」
 それを聞いたカールさんは、俺の顔を見ると吹き出した。
「ホント、桜井さんって涼太の言ってた通りの人だね。まさにテンネン」
「……え?」
「ちょっと人とずれた所があるって。それがまた味があって良いって言ってましたよ?」
「そう、なんですか……」
 俺は複雑な気持ちになりつつ、食卓に移動した。
 カールさんから色々と話をされ、それを聞きながら和やかに食事を終えると、紅茶を淹れてくれた。
「美味しかったです、ごちそうさまでした」
「それは涼太に言ったら良いと思うよ。オレ、紅茶しか淹れてないし」
 笑顔を向けながら洗物をするカールさんに「それもそうですね」と答えた。
「……やっぱ、テンネン系だね。桜井さんは」
 カールさんは呆れたように言うと、クスクスと笑う。
「でもまあ、涼太が惚れるのも分るな。癒やしオーラ漂ってるし」
「え、そうですか? 癒やし系と言えば蓬田さんの方が……。目が黒々として大きいし、動物系の可愛らしい感じじゃないですか?」
「そうそう! 彼の瞳は犯罪クラスだね! アザラシの子供みたいでベリーキュートね!」
 そうだ、それだ! と思っている時にリビングの扉が開き、蓬田さんが姿を現す。
「……誰がアザラシの子供だって? カール」
「oh……なんてグットタイミングって言うか、バットタイミングって言うか……」
 蓬田さんはカールさんが動揺している姿に、クスッと笑みを零す。
 それを見て安心したのか、洗物を済ませたカールさんはリビングに戻ると話題を変える。
「そう言えば、仕事はうまく辞められた?」
「うん、あんまりいい顔はされなかったけど、どうせアルバイトだったからね。代わりなら幾らでもいるから」
「そうか。それじゃオレは明日、アメリカに帰るよ」
「え、そんな急に?」
「ああ。前に涼太が言ってた事、なんとなく分る気がするよ」
「……え? 何が?」
「オレもリチャードが恋しくなったって事! お邪魔虫は退散するから、後は宜しくね」
 カールさんは俺にウィンクを投げると、早々に玄関まで歩き出す。
 それに追従して蓬田さんがなにやらカールさんに話していた。俺も見送ろうかと立ち上がったものの、親密そうに話している二人に遠慮する事にした。



               ――to be continued――

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――扉を開けて――<20>

 タクシーに乗り込み、家路を辿る。その間、どんな事件だったのかと気になりつつも、家に着くまで黙っていた。
 マンションに着き、リビングで蓬田さんと向かい合わせに座る。
 カールさんは「コーヒー淹れてくるから」と、席を外した。
 蓬田さんは、俺をじっと見据える。どう切り出して良いものか窺っている様子だ。
 俺は、話しにくそうにしている蓬田さんを促した。「あの……、俺はどんな事実だったとしても、受け止めるつもりでいます。話しては貰えませんか?」
「……分りました。記憶が欠けているのは、中学の卒業後からですよね? それを抜きに事件だけの話を聞きますか? それとも……」
「いえ、全部知りたいです。長くなるとは思いますが、お願いします」
「……分りました」
 蓬田さんは俺との出会いからを話し始めた。
 時には懐かしそうに微笑みながら、麻里との思い出の時には悲しそうな表情を浮かべながら、俺が社会人になるくらいまでを一気に話す。
 俺は自分が車の運転が得意だった事や、酒や煙草を好んでいた事など、実感が持てないまま、耳を傾けていた。
 カールさんは俺達にコーヒーを渡した後、蓬田さんの隣に座っていたが
「涼太、悪いけどオレは失礼するよ。ちょっとやりかけだった事が残ってるんだ」
 と、席を立つ。
「あ、ああ。ごめん、遅くまで引き止めて……」
「いや、気にしないで。それじゃ桜井さん、明日の午前中だけ、来ますから」
「あ、はい。よろしくお願いします」
 俺と蓬田さんも席を立つと、カールさんを玄関先まで見送った。

 再びリビングに向かいソファーに腰を降ろし、話を聞く。
 それまで順調に進んでいた話は、そこからたどたどしくなった。麻里の事故の話が終わった時、蓬田さんは深い息をつく。
 やはり妻子の死というものは、耐え難いものだろうと察しがついた。
 しかし、その話は俺にも相当なショックだった。幸せそうに暮らしていた妹の突然の死。
 思い出の中の麻里は元気に笑っているのに、今はもう本当にいないのだと思うと悲しみが押し寄せる。
 俺が黙っていると蓬田さんは、心配そうにじっと見つめた。
「あの、頭は痛くないですか?」
「ええ、大丈夫です。でも、話を聞いてもなかなか実感がわかなくて……。なんか他人の話を聞いているような、妙な感じです」
「そう……ですか」
 蓬田さんは、とても悲しそうに俯いた。その顔を見ていると胸の奥がジリジリと痛む。
 暫くの間、沈黙が続いた。壁の時計がコチコチと音を立てている。
 俺が時計に目をやると、蓬田さんはハッとしたように
「そう言えば夕食、まだでしたよね? ごめん、気が付かなくて」
 慌ててソファーから立ち上がると、キッチンに向かおうとする。
「あ、いえ! そうじゃなくて、明日、仕事なのに悪いと思っただけで……」
「え、ああ。それだったら大丈夫ですよ、午前中だけですし。その後はもうフリーになりますから……。取りあえず、夕飯にしましょう。お腹が空くと、頭も回ってこなくなりますし、それで頭痛とか起こっても大変ですから」
 蓬田さんは微笑むと、キッチンに向かった。
 ほんの数分程度で、食卓には美味しそうな料理が並ぶ。
 なすの煮浸しになめこおろしときゅうりと蛸の酢の物、あっさりとした副菜にさばの味噌煮としじみの味噌汁……どれも俺の好物ばかりだ。
「凄いですね、こんな短時間に……」
「いえ、作り置きしていたのを温めただけですから。さ、食べましょう?」
 最初は話の方が気になって食事どころではなかったが、目の前に出された食欲をそそる匂いにつられて腹が鳴る。
「あ、はい。それじゃ……」
 ダイニングテーブルの椅子に腰を下ろし「いただきます」と手を合わせた。
 蓬田さんも挨拶をして食事を始める。どの料理も旨くて、俺は舌鼓を打った。
「どれも美味しいですね。蓬田さんは料理の勉強でもしてるんですか?」
「いえ、別に……。俺の母は小さい頃に家を出てしまったので、母の代わりに来ていた祖母に教えて貰っていただけですよ」
 それを聞いて俺は、だから好みが合うのかと思った。
 俺が弓道を始めた切っ掛けは、父方の祖父が弓道家だったからだ。長期の休みになると、よく祖父母の家に泊まりこんだ。俺が和食好きなのはその影響もある。田舎料理の素朴な味付けは、祖母を思い出すからなのだろう。
「そうだったんですか……。でも、蓬田さんの味は優しくて温かくて、とても好きです」
 俺がそう言うと、蓬田さんは満面の笑みを浮かべた。
「良かった、好みが変わっていなくて」
 和やかな雰囲気の中で食事を終え、コーヒーが出される。その横顔が疲弊してるように見えて声を掛けた。
「あの、もし疲れているようだったら、続きは明日でも」
 俺の言葉に蓬田さんは首を振る。
「いえ……明日になったらまた……話し辛くなるかも知れないので。あっ、ごめん、隼人が疲れているんだよな? それじゃ明日にしましょうか」
 困ったように眉を下げて笑う蓬田さんに、俺は慌てて答える。
「いえ、俺は大丈夫です。ただ、疲れているように見えたものですから……」
「そう、ですか。疲れてはいませんが……、どう話して良いものか考えていたので」
 そう言って蓬田さんは、戸惑うように視線を落とす。
「そんなに……話しにくい事なんですか?」
「多分……聞いたら、かなりのショックだとは思います」
 蓬田さんは、哀しそうに視線を落としたまま呟いた。 
「それでも俺は聞きたいです。事実を知らなければ解決には繋がらない。覚悟はしてますから」
 真直ぐに見つめると、蓬田さんは小さく息を吐いた。
「分りました。それでは続きを話します」
 決意したような力強い眼差しで俺を見た。
「俺は麻里と晴を失い、荒んでしまいました。その時に救ってくれたのが……隼人、君だった」
「……俺が?」
「麻里は亡くなってからも、ずっと俺たちを見て来ました。そして、俺たちの互いの思いを気付かせてくれました」
「麻里が……何を気が付かせたって……?」
 意味が分からず、オウム返しをする。蓬田さんは目をそっと伏せて静かに告げた。
「俺たちは……恋人同士になりました」
「――……え?」
 衝撃が体中を駆け巡る。それまでの記憶では考えられなかった事実に、言葉を失った。
 蓬田さんを凝視していると、微かに震えてるように見えた。
 それからは淡々と話が進んだ。そして事件の全貌が明かされ、俺は言葉を失ったまま部屋へと戻り、ベットに潜り込んだ。
 一人、もんもんと考えを廻らせてみる。
 やはりこの家で一緒に暮らしていた事、吉岡が俺に執着する意味――。
 それはまるで夢物語のようで、とても実感としてわいては来なかった。
 自分は異性愛者だと思っていた。まさか男同士でとは、思ってもみなかった。
 蓬田さんを見ていると訳の分からない感情が押し寄せたのは、記憶が無いにしろ昔の感情がそうさせたのかも知れない。
 だからあんなにも胸が高ぶったのか、と納得した。それと同時に胸の中が木枯らしにでも吹き晒されたように、寂しさが押し寄せる。
 蓬田さんが好きなのは今の俺じゃなくて、過去の俺なのだと――。
 過去の俺は、蓬田さんにとって掛け替えのない存在だった。
 でも、今の俺は頼りない、見かけだけが同じなだけのガキだ。
 ただ蓬田さんを頼り、縋りつくだけしか出来ないでいる。
 過去の俺はどんな風に蓬田さんと接していたのだろうか。事件の内容からすると、俺は蓬田さんを護れるだけの力を備えていたのかも知れない。だけど、今はその真逆だ。
 こんな頼りない俺を、この先蓬田さんは、その頃と同じような感情を抱いてく接してくれるだろうか。友達にすらなれないんじゃないだろうか。
 そう思うと胸の内が、蛇にでも締め上げられるように、じわじわと苦しくなって行く。
 俺はその感情をどうにも出来ないまま、いつのまにか意識を手放していた。



               ――to be continued――

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――扉を開けて――<19>

 ハッとして目を覚ますと、そこは一面白い壁だった。
 何が起こったのかよく分からないまま、辺りを見回すと「隼人、気がついたのか!?」と、蓬田さんが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「……ここは?」
「病院だよ。突然倒れたから、救急車を呼んで……」
「そうだったんですか……」
 俺は小さな点滴ボトルに目を向けた。管からチタチタと落ちる水滴を眺める。
「気分はどうだ……ですか? まだ落ち着かない?」
「いえ……頭痛は治まりましたけど……。どれくらい意識を失っていましたか?」
 また長い間意識を失っていたとすると、蓬田さんの仕事に影響を及ぼしてしまう。
 そう思い、蓬田さんを見上げた。
「一時間くらいでしたでしょうか。その間に検査もしたのですが、どこも異常はないと言われましたので、安心して下さい。その点滴は、少し脱水症状があったので、と」
 蓬田さんは安堵したように微笑んだ。俺もその答えにホッと息をつく。
「そうですか……。迷惑を掛けてしまって、申し訳ないです」
「そんなの気にしないで下さい。何もなくて良かったですよ。でも、かなり魘(うな)されていましたが、いつもこんな風に?」
「夢を……見ていました」
「……夢?」
「ええ。麻里と……晴って子供が、俺を吉岡から救ってくれる夢を……」
 俺の話を聞いた蓬田さんは、顔色を変える。
「え……、麻里と晴が? 吉岡って……思い出したのか?」
 俺は首を横に振る。
「思い出した訳じゃない……。いつも俺の前に姿を現す男がいるんです。俺はそれが幻覚だと思っていたんですが……その男は『晃』と名乗り、それを手掛かりに親父から聞きました。そいつが俺をこんな風にした犯人、吉岡晃だと。でもその吉岡は違うと言っている。だけど麻里は騙されるなって……」
 蓬田さんは戸惑ったように視線を泳がす。そして口を開けかけた時、扉が開く音がした。
「涼太、桜井さんは?」
 カールさんだった。慌てた様子で室内に入ってくる。
「あ……、うん。今、気が付いたところ」
 カールさんは蓬田さんの隣に立ち「良かった……、驚いたよ、急に倒れたって……」と深い溜息を零した。
 俺は上半身を起こすと、カールさんに視線を向ける。
「……すみません、心配をお掛けして……」
「いや、何もなかったみたいで良かったですよ。でも、どうして急に?」
「いつも昔のことを思い出そうとすると、頭痛がするんです。今まではこんな意識までなくなるような事はなかったんですが……」
「……そうだったんですか」
 カールさんは蓬田さんと視線を合わせる。蓬田さんはカールさんに向かって
「カール、申し訳ないんだけど、やっぱり明日からずっと俺、隼人に付いているよ」
「え? だって仕事は?」
「うん、明日の午前中だけ行って来る。事情を説明して辞めさせて貰うよ」
「そうか、分った。何かあったら連絡してくれ。オレもできるだけ協力するから」
 二人の会話を聞きながら、俺は自責の念に駆られる。
 自分一人の為に、こんなにも人を巻き込み迷惑を掛けてしまっていると思うと、情けなくなった。
「……すみません、二人とも……」
 カールさんは俺に笑顔を向ける。
「気にする事はないですよ、桜井さん。オレは全部承知で引き受けたんですから。あなたの病気が早く良くなってくれればそれで」
 蓬田さんも微笑みながら
「そうですよ、気に病まないで下さい。俺も隼人が回復すれば、それだけで充分ですから」
 二人の気持ちがとても嬉しかった。蓬田さんは吉岡の言うような悪人ではない。
 カールさんだってしっかりとした信頼が無ければ、蓬田さんに対してこんな風に接したりしないだろう。
 やはり真相を思い出さなくては。だが、この頭痛が厄介だ。
 自力で思い出そうとすると、どうしても激しい頭痛が襲って来る。今回のように倒れたりしたら、それこそまた迷惑を掛けてしまう。
 俺は意を決し、口を開いた。
「蓬田さん、カールさん。俺、本当の事が知りたいです。自力で思い出そうとすると、またあなた達に迷惑をかけてしまうかも知れません。教えてはくれませんか?」
 カールさんは戸惑ったように蓬田さんを見つめた。蓬田さんはそれを受けて、意を決したように頷いた。
「分りました。家に帰ったらその話をします。取りあえず今は、意識が戻ったら連絡してくれって医者に言われているので、ちょっと行ってきますね」
 蓬田さんはそう言って、病室を後にした。
 残されたカールさんは俺に視線を合わせる。
「桜井さん。もし、あなたにとってショックな話でも……涼太から離れないって、約束してもらえますか?」
「……え?」
「あなたは涼太とって、掛け替えの無い存在なんです。たとえ記憶を無くしていても、それは変わらない。だから……」
 俺は、ロスで入院していた時に、蓬田さん自身もそう言っていた事を思い出していた。
「掛け替えのない……存在?」
「この先、涼太と暮らして行けば、それはきっと分ると思います。オレはあなたが入院している時、涼太がどんなに苦しい思いをしたか知ってます。もう、そんな思いを彼にさせたくない。彼はオレにとって家族同然だから。もしあなたが離れて行くのなら、オレは彼をアメリカに連れて行こうと思います。それでも聞きたいですか?」
 蓬田さんが俺の前からいなくなる――。その言葉に、どうしょうもない寂しさを覚えた。
 俺が沈黙をしていると、カールさんは
「あなたにその決意が無いなら、聞かないほうが良いと思います。どうしますか?」
 真剣に問われ、俺は意を決する。
「どんなショックな話だろうと、俺は受け止めるつもりです。そして蓬田さんから離れないって約束します」
 それを聞いたカールさんはホッと息をついた。
 そこに蓬田さんが白衣の男性と共に、室内へと入ってくる。
「桜井さん、気分はどうですか?」
 白衣の男性は無表情で、お決まりの台詞を言う。
「あ、はい。だいぶ落ち着きました」
「そうですか。それではその点滴が終わりましたら帰っても宜しいですよ。特に異常な所はありませんでしたので」
「そうですか。ありがとうございました」
「いえ、それではお大事に」
 その男性は業務的な口調でそう告げると、室内を後にした。その後、点滴を終えた俺は、二人と共に病院から出た。



               ――to be continued――

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――扉を開けて――<18>

 俺は白い空間を漂っていた。この感覚には覚えがある。
 あれはまだロスの病院に入院していた頃だ。自分の所在すら分らないでいる時に、俺はこの空間を漂っていた。後から聞いた話だと、俺は生死の境を彷徨っていたらしい。
 どうしてこの場にいるのかと考えて、頭から血の気が引いて行く。
 ――もしかして、俺は死んでしまったのだろうか?
 真相も分らないまま、こちらの世界に来てしまったのだろうか……。
 絶望感に打ちひしがれて、周りを見渡すと、やはりあの黒い霧が漂っている。
 きっとあれは吉岡だ。俺はどうやら霊界という所に来てしまったらしい。黒い霧は急速に形を成し、吉岡が姿を現す。
「隼人、待っていたよ」
 相変わらず腕には俺の記憶の欠片を抱え、嬉しそうな笑顔を向ける。
「……やっぱりあんた、死神だったんだろう? 俺を殺して満足か?」
「そうだね。これでやっと永遠に側にいられる。危うくあの男に騙される所だったからね、肝を冷やしたよ」
「……騙される?」
「ああ、あの男の常套手段さ。女のように媚を売って安心させてから取り入り、そうやって騙した相手を手玉に取って行く、下衆な野郎だよ」 
「……そんな風には思えなかった。むしろあんたの方が不快に感じる」
「そうだろうね。俺は死霊だから、不気味に感じるだろう。それは仕方ないと思っている」
 吉岡は寂しそうに微笑んだ。その顔がどこか儚げで、親父の言葉に疑問を抱いた。
 俺はどちらが本当なのかと混乱してしまい黙っていると、吉岡は話を続ける。
「だが、あの男は口がうまいから、皆一様に騙されるんだよ。隼人も見ただろう? あの男が外国の奴にまで媚を売っている姿を。まんまと策に嵌ってしまった、哀れな男を。蓬田は、あの外国人にも取り入り、その甘い汁を啜っている。君がまたその毒牙に掛からなくて良かったよ」
「それは本当なのか? 蓬田さんは、そんな悪い人には見えなかった……」
「そう、それが彼の手口だと言っただろう? 死してなお君の側にいたのは、あのどうしょうもないクズから君を護るためだったんだ」
 吉岡の表情が一転し、憎悪に満ちた色を増す。まるで辺り一面がどす黒い霧に包まれるようだった。
 俺は本能的な危険を感じ、息を呑むと後ずさりをする。
「ああ、これは申し訳なかったね……。怒りに身を任せて、君を怖がらせてしまったようだ」
 黒々とした霧状に渦巻く空気が引けて行く。吉岡は溜息をつくと、抱えている半透明の塊を差し出した。
「そんなに俺が信用できないのなら、これと融合すればいい。そうすれば君は全てを思い出し、俺が正しいと知るだろう。さあ、受け取るがいい」
 俺は一瞬、戸惑った。この吉岡の言う事が本当の事のようにも思えてしまう。
 真実を知りたい。この塊と融合する事で全てを思い出せるなら、記憶が抜けてしまった故に、振り回されることはなくなる。俺は吉岡からその塊を受け取ろうと近寄った。
 その途端、何かに弾かれるように吉岡との距離が遠ざかる。
「騙されないでお兄ちゃん! ここでそれを受け取ってしまったら、本当に死んじゃうんだよっ!」
 麻里の声だけが聞こえた。だが、辺りを見廻してもその姿は見えない。
「……麻里? ここにいるのか?」
「お兄ちゃん、それを受け取っちゃダメ! 足元をよく見て! まだ魂は肉体に繋がっているんだよ!」
 見てみると透明なひも状のものが、足元から長く下方に続いている。
 吉岡は舌打ちをした。
「お前もしつこいな。隼人の妹だからと手加減してやっていたが、所詮は蠅だ。俺の周りを煩く飛び回り、邪魔ばかりしやがって!」
 途端にまた辺り一面がどす黒い霧に包まれ、渦巻いた。
 吉岡が何かを掴む仕草をすると、薄い人のような影が浮かび上がる。
 じっと見つめると、それは麻里に似ていた。
「ま、麻里!?」「ママ!!」
 俺が言うのと同時に子供の声がして、小さな影が吉岡の腕の辺りを掠めた。
「ママを放せ! この悪魔め!!」
 子供の影は次第にその姿を鮮明にする。仏壇に飾ってあった写真の子だった。しかし、写真で見た時よりその姿は、幾分成長しているように見えた。
「晴! ママの事は良いから、おじちゃんを早く下に連れて行って!」
 形勢逆転したのか、今度は麻里が吉岡を押さえ込んでいるように見えた。
「相変わらず生意気だな……。もう力も殆ど無いと言うのに、威勢だけはいいみたいだ」
 吉岡はニヤリと不気味な笑みを浮かべると、麻里を片腕で振り払う。
 麻里は白い壁に叩きつけられると、小さな悲鳴を上げた。
「ママ!」
 子供が駆け寄ると、麻里は手を翳してそれを制する。
「大丈夫だよ、晴」
「でも、ママ……」
「良いから! ママは強いんだよ、こんな奴に負けたりしないんだから! ママがコイツを引き止めているうちに、早くおじちゃんを連れて行って!」
 麻里の声にその子供は頷くと、俺の方へと向かって来た。間近で見ると顔は蓬田さんによく似ていて、髪は俺の資質を受け継いだのか、艶のある黒髪が緩く波を打っている。
「おじちゃん、僕に着いて来て!」
「でも、麻里が! 助けないと!!」
「今のおじちゃんには、まだその力が無いんだ!! 早く僕が助けないとママが……。だから着いて来て!」
 その子は強引に俺の手を引くと、急速に下へと落ちていく感覚に支配された。



               ――to be continued――

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――扉を開けて――<17>

 薬を飲むと眠くなる――これは半分は本当だ。調子が悪いときは、寝てしまう事もある。
 気持ちがリラックスするのは確かだが、起きていられないほどの強烈な眠気ではない。
 それなのに、俺は嘘を付いてしまった。
 きっと蓬田さんはあの瞳で、心配そうに見ていただろう。だけど、今は自分がどんな顔をしているか分らないから、そっちを向くのが怖かった。
 訳の分からない感情に囚われた俺は、薬を飲むとベットに潜り込んだ。
 眠ってしまえば、この変な気分も落ち着くだろう。
 薬が効いてきたのか、微かな眠気を催す。うつらうつらと浅い眠りに入ると、リビングの方から蓬田さんの声が聞こえた。
「……――で、隼人は……――……だろうと思うから……――」
「……涼太、大丈夫か?」
 カールさんの声も聞こえる。蓬田さんの声は掠れてるのか、よく聞き取れない。
「……――俺……――――分らな……――――」
「そう、だよな。もしオレも涼太と同じ立場だったら……辛いと思う。でも無事に逢えた事だけでも、感謝しないと……」
 二人の会話が気になりだし、浅い眠りから醒めてしまった。何度か寝返りを打っているうちに、ふとトイレに行きたくなる。
 盗み聞きしてしまうのもどうかと思い、トイレに行くついでにリビングの扉を閉めてこようと思った。
 部屋から出てリビングのドアノブに手を掛けた時だった。ガラス扉の向こうで、カールさんが蓬田さんを抱きしめている姿が目の端に映り、息を呑んだ。
 俺はドアノブから手を離し、気が付かれないように部屋に戻ると再びベットに潜り込んだ。
 あれは一体、どういう事だろう。
 蓬田さんの声が掠れていたし会話の内容からすると、泣いていたのかも知れない。それで慰めていた……とか?
 それにしても、いい大人が男同士で抱き合うなんて、おかしくないか?
 いや、でも……外国の人ってよくハグをするよな? テレビドラマなんか見てるとよく抱き合うシーンがあるもんな。
 そう言えば、カールさんは故郷に恋人がいるって言ってたな。いや、でも……恋人って勿論、女だよな? まさかカールさん、そっちの人か? いやいや……考えすぎだ。
 やっぱりただハグしてただけだろう。日本にはない習慣でも、外国人なら普通にしてるし……。だけど、蓬田さん……どうして嫌がらずに、そのままでいたんだ? 
 俺を探して……って、言ってたよな。と言う事は、海外生活が長かったから、違和感が無いのか? 日本人だったら、普通なら気恥ずかしいと思うんだけど……。あの二人の関係って、一体……? 
 考えを廻らせてみるが苛立ちは増すばかりで、気分が落ち着かない。なぜこんなにも気になるのか、その自分の感情にも戸惑う。もやもやと鬱積した気分を切り替えるため鞄から本を取り出し、それを読み耽る。集中すれば二人の会話も耳に入らなくなった。
 そうしているうちに俺はいつの間にか眠っていたらしい。目が覚めたのは薄暗い闇が訪れた頃だった。

 のそのそとベットから這い出て、リビングに向かう。
 ぼんやりとした視界に黒い頭髪しか映らず、カールさんを探してみた。
 それに気が付いた蓬田さんは
「あ、よく眠れました? 気分は悪くないですか?」
「ええ……。すみません、ろくに話もしなくて……。あの、ところでカールさんは?」
「ああ、明日の用意もあるとかで、帰りましたけど……何かありました?」
「そうでしたか。いえ、あまり話せなかったので、悪かったかな、と」
「それだったら大丈夫ですよ。カールは気さくな人ですから。隼人もきっとすぐ仲良くなれると思いますよ」
 上機嫌そうな笑顔を向けられ、内心ムッとした。
 俺といる時はどこかよそよそしいのに、カールさんには心底、心を開いているようだ。
 友達だったのなら……と、そこでハッとした。俺は一体、何を怒っているのだ、と。
 そもそも思い出せないからと距離を置いたのは俺の方なのに、蓬田さんに対して怒りの矛先を向けるのは見当違いにも程がある。
 俺は拳を握り締め、俯いた。
「……隼人、どうかした、……ました?」
 不安そうに見つめられハッと我に返り、咄嗟に出任せを言った。
「あ、いえ……。人見知りをするものですから、少し不安だっただけです……」
「そうでしたか……。でも、カールは本当に良い人なので、安心してもらえると思うんですが……」
 困ったように視線を床に落とす蓬田さんに、罪悪感が募る。
 自分は突然押しかけた居候のくせに、何を言ってるのか。たとえ友達だったにしろ、こんな人間の世話なんか任されたら、困惑して当然だろう。
 俺は何も言えないまま、立ち尽す。
 すると蓬田さんは、勘違いしてしまったようだ。
「あ、あの! なるべく早く辞めさせて貰える様に掛け合ってみますから、少しの間だけ……。カールにもなるべく隼人の好きなように過ごせるようにと、話しておきますから」
「そんな、俺のほうが迷惑を掛けてるのに……。我侭言って……すみません」
「迷惑だなんて思ってないです。俺は……こうして隼人に逢えただけで、本当に嬉しかった。だから、どうか気に病まないで欲しい……です」
 今にも泣き出してしまいそうな、儚げな笑顔を向けられ、俺の胸は痛いほどに締め付けられた。罪悪感に混じり、あの訳の分らない感情がどっと押し寄せる。
 俺は混乱しながら、ただ蓬田さんに視線を送っていた。暫くの間見つめていると、蓬田さんはふと何かを思いついた顔をする。
「……そう言えば、眼鏡、してないですよね? よく見えてないんじゃないですか?」
「え? ああ、ぼんやりとですが見えますし、特に支障は無いので忘れてました」
「そうですか。あ、確かスペアの眼鏡が、部屋の引き出しに入っていたと思うんですけど、掛けてみますか?」
 話題が変わったことにホッと胸を撫で下ろす。
「そうですね。有るんだったら掛けてみようかと思います」
「それじゃ、俺も部屋に入って良いですか?」
「あ、はい。お願いします」
 俺は軽く会釈すると、部屋に向かった。その後を蓬田さんも追従する。
 中に入ると、一番上の机の引き出しを開けてみた。
「確かそこじゃなくて、一番下の所だったと思います」
 言われるままに下の引き出しを開けると、確かに眼鏡ケースがあった。
「――すみません、勝手に触ってしまって……。行方不明になった時、どうしても手掛かりが欲しくて……」
 蓬田さんは申し訳なさそうにして俯いた。
「い、いえ! そんなの全然構わないですよ。むしろこんなに綺麗に整頓してもらっていて、こちらこそ申し訳ないです」
 言いながら眼鏡をケースから取り出し、掛けてみた。今までぼやけていた視界がクリアになり、はっきりと蓬田さんの顔が見える。その瞬間、心臓が早鐘を打った。
 ……本当になんて綺麗な目をした人なんだろう。
 ぼやけた視界でも瞳は大きいと思っていたけど……。
 暫くの間呆けてその顔をじっと見つめていたら、蓬田さんの視線が泳ぎ、心なしか頬がほんのりと紅く染まったように感じた。
「あ、あの……俺に何か付いてます?」
「えっ、い、いえ! よく見えるなと思って……」
 慌てて視線を外し、煩いくらいに鳴り響く鼓動を落ち着かせようと、深呼吸する。
 それにしても俺は一体、どうしてしまったと言うのだろう?
 どうも蓬田さんを見ると、不可解な現象が襲ってくる。これでは、まともに話せる気がしない。落ち着かなくなった俺は、そわそわとしながら長くなった髪を触っていた。
 蓬田さんはその髪に、視線を向けた。
「あの……、ひとつ聞いても良いですか?」
「え、は、はい。何でしょうか?」
「その髪は……伸ばしているんですか? いえ、暑くないのかなって思っただけですから、もし気に障ったら……」
「あ、いや。これは……、別に好きで伸ばしている訳じゃないです。なぜか人に身体を触れられるのが嫌で、床屋にも行けなくて……。でも、自分で切ろうとしたら……」
 幽霊が現れて邪魔をされた、とは言えず
「おかしくなってしまったので、そのままにしてあります」
「そうだったんですか……」
 蓬田さんは眉を顰めて難しい顔付きをしながら、ぽつりと呟いた。
 その仕草が何となく引っ掛かった。しかし、それを問うのも憚られる気がした。
 触れられるのが嫌なのは、きっと事件と何らかの関係があるのかも知れない。それは自分で思い出さなければいけないのでは、と、そう思ったからだ。
 多分、親父も母も、そして蓬田さんも、俺がどんな事件に巻き込まれたのかは知っているはずだ。それなのに誰もその事に触れたがらない。
 と言う事は、よほど言いにくい事なのだろう。
 考えが他に逸れたせいか、先程まで鳴り響いていた心音が治まっていた。
 不意に腕時計を見てみると、もう二十一時を軽く過ぎていた。それを見ていた蓬田さんは慌てたように
「あ、すみません! お腹空いたでしょう? 遅くなりましたけど夕飯にしませんか?」
「い、いえ、それは俺が眠っていたからで……。蓬田さんはもう済ませました?」
「いえ……。一人だと、不規則になりがちなので、忘れてました」
 蓬田さんはそう言うが、どう考えても俺が起きて来るのを待っていたとしか思えない。
 昼の話を照らし合わせても、きっと一人で摂る食事は寂しくて嫌なのだろう。
 確かに家で留守番をしていた時には、吉岡の事もあったが、一人で食事をする気にはなれなかった。待たせてしまった事に、自責の念が募る。
「あの……、俺の事だったら気にしないで、食事を摂って下さい。もし、一人で気が乗らないのなら、起こして下さって構いませんから。じゃないと、蓬田さんは仕事があるのに、俺の為に振り回されるのは疲れるでしょうから……」
「え、いや! 本当に忘れてただけですから! ちょっと見たいテレビがあって、それに集中していたらこの時間になっただけですよ?」
 困ったような笑顔を向ける。それは、この人が気遣っての嘘を付く時の仕草だというのは、大体分った。きっと素直で、隠し事が出来ないタイプなのだろう。
 蓬田さんと俺は、どんな風に知り合って、どんな風に友情を重ねてきたのか。
 それが無性に気になり、思い出そうとする。その途端に割れるような激痛が頭部を揺さぶった。俺は小さく呻き声を上げて、その場に蹲る。
「は、隼人!? どうしたんだ!?」
 冷や汗が体中から噴出し、蹲るのですら辛くなってしまった。
「大丈夫か!? おい、隼人!! はや……」
 蓬田さんの心配そうな声が、いつの間にか遠ざかって行った。



               ――to be continued――

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――扉を開けて――<16>

「あ、テーブル、そのままで良いですからね?」
 安堵したような表情をして、そそくさとその場から離れる。やはり嘘くさい。
 俺は用事が済んだら、その事を聞いてみようと思った。
 ところが、来客だったらしく、話す機会を逃してしまった。リビングに現れたのは、昨日、親父に話していた外国人のようだ。金髪に碧眼で、アメリカ系といった感じだ。
 背が蓬田さんと大差がないのと、細身でセミロングな髪型のせいか、どちらかというと中性的に見える。その外国人は俺を見ると、ニッコリと微笑んだ。
「ハジメマシて、サクライさん。オレは、カール・ウィルソンっていいマス。カールって呼んでクダサイ。アナタをリョウタが探してイルとき、知り合いマシタ。ヨロシクでス」
 握手を求められて、俺は椅子から立ち上がるとそれに応じた。
 カールという人物はそこそこ日本語が話せるようだが、やはり外国人なまりがあって、話しにくい。俺は英語で答える事にした。
「初めまして、カールさん。よろしくお願いします」
 カールさんは一瞬、目を見開いたが
「さらっと話されちゃうと、こっちが面食らうよ。だけど、涼太が言ってた通りの方ですね。発音もきれいで、完璧だ」
 英語に切り替えると肩を竦ませ、おどけた表情を見せる。
 蓬田さんは俺とカールさんの様子を見守っている様子だった。
 カールさんは真面目な表情に戻ると
「それで涼太から話は聞いてるとは思うけど、涼太の仕事の目処が付くまでオレがあなたの側にいます。それに異存は無いですか?」
「ええ、勿論。しかし、こちらには仕事か何かでいらっしゃっているんでしょう? それは大丈夫なんですか?」
「ええ、問題は無いですよ。ご心配なく。それよりも……」
 カールさんは蓬田さんにチラリと視線を送った後、言いにくそうに尋ねた。
「記憶は……まだ、戻ってないんですか?」
「ええ……。中学卒業あたりまでは思い出せたんですが、それから先が……」
「そう、ですか。でも、これから思い出すかも知れないし、希望は捨てないでゆっくり過ごすと良いですよ」
 とは言いつつも、カールさんもなぜか悲しそうな瞳を向ける。
「あのさ、カール。こんな所で立ち話も何だから、そこのソファーに座ってて。今、紅茶淹れるから。隼人もそっちに移動してくれると話しやすいと思うので……」
 蓬田さんも英語で話しつつテーブルを片付け始めた。俺は言われたとおり、リビングのソファーへと移動する。
「あ、涼太、洗い物か? オレも手伝うよ」
 カールさんはそのままキッチンへと向かってしまった。
 一人で座っているのも申し訳ないと思い、立ち上がると
「あ、桜井さんは座ってて下さい。オレはこれでも調理場を任されてるんですよ」
 ウィンクを投げられ、幾分戸惑う。どうも外国の風習には慣れないと思っていると
「すみません、すぐ終わりますから……。テレビでも見ますか?」
 蓬田さんも気を利かし、テレビのスイッチを入れてくれた。
「あ……、どうも」
 確かに俺が手伝ったとしても、二度手間になるかも知れない。そう考えてまたソファーへと腰を下ろした。
 二人は親しげな感じで談笑しながら、片付けものをしていた。時間にすれば十分程度ではあるが、やけに遅く感じる。
 笑い声など聞こえたら、そっちが気になってテレビなど集中できなかった。
 なぜかモヤモヤとするような嫌な気分になり、画面をただ凝視する。
 お笑い芸人がネタを披露しているのも、なんだか絵空事のように感じた。
 二人が揃ってリビングに向かってくると、モヤモヤとした気持ちが強くなる。
 なぜそんなに苛立つのか、自分でも訳が分からなかった。
「お待たせしたね、桜井さん。オレ特製のミルクティーなんですよ、どうぞ」
 カールさんはニコニコと笑顔を向けてくるが、俺は口の端をあげるのが精一杯だった。
「……どうも」
 カップを受け取りそれを口に含むが、蓬田さんの料理の味が消える気がして、それ以上は口をつけなかった。
「口に合わなかった? 桜井さん」
 カールさんが心配そうに見つめていた。
「あ、いえ……。今はお腹が一杯で……」
「そう? だったら良いけど、好き嫌いがあったら言ってくれないと、オレも分らないから。これから昼食はオレが作ることになるし、遠慮しないで言って下さいね?」
「あ、はい。そうします」
 それを聞いてガッカリする自分に驚いた。考えてみれば当然のことなのに、俺はてっきり昼食も蓬田さんが作り置きしてくれるものかと思い込んでいた。
 昨日の夜、会ったばかりだと言うのに、なぜか蓬田さんに依存している自分がいる。
 こんな甘えた考えは捨てなければ……。
 一人で考えに耽っていると、カールさんが蓬田さんに話しかける。
「涼太、仕事はどれくらいで落ち着きそう?」
「そうだな、明日会社に辞表を出しても、一ヵ月後、かな」
「そうか。でも休日は? 土日か?」
「うん。土日祝日が休みだから、その間は俺が。カールは本業に戻って?」
「了解。夜はどれくらいで戻って来れる?」
「そうだなぁ、大体、夜の7時前後かな」
「分った、それじゃ下ごしらえはして置くから」
「ありがとう、助かるよ」
 俺の為の話をしてくれていると言うのに、気が高ぶるのはなぜだろう。自分でも訳が分からず、この感情が治まるのを待っていた。
 だが、気持ちはささくれる一方で、落ち着かなくなった俺は、部屋に戻る事にした。
「あの……、薬を飲まないといけないので、俺はこれで……。申し訳ないですが、薬を飲んでしまうと、とても眠くなるんです。だから部屋に戻りますね」
「あ、ああ。そっか、それじゃ明日からよろしくね、桜井さん」
「……はい、こちらこそよろしくお願いします」
 カールさんに悪いところなんて全く無いのに、苛立つ自分が情けなくなる。
 軽く会釈をしてからグラスに水を入れ、部屋へと戻った。



               ――to be continued――

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――扉を開けて――<15>

 俺は枕元に置いてあった腕時計に目をやると、慌てて飛び起きた。もう昼近い時間を針は示している。
 鞄を漁りバタバタと着替えを済ませ、洗面道具を持ち込み洗面所に駆け込むと道具一式が揃えてあった。どこまでも気の利く人だと感心しつつ、身支度を整えリビングに向かう。
「おは……、じゃなくてもう昼ですね。すみません、遅くまで……」
 キッチンに立つ後姿に声を掛けると、蓬田さんは
「あ……、おはようございます。いえ、気にしないで下さい。ゆっくり休めたようで、何よりですから」
 微笑みながら振り返るその姿に、俺はハッとした。
 目許が赤く、瞼も少し腫れているからだった。もしかしたら彼は泣き明かしたのかも知れない。考えてみれば、友達だった人が変貌していれば、ショックだったろう。
 きっと長年の付き合いだったろうから、俺たちは親友だったに違いない。
 罪悪感に見舞われた俺は、そこに棒立ちとなってしまった。
 すると蓬田さんは食器を片手に「今、食事が出来上がりますから、そこに座っていて下さい」と、ダイニングテーブルを視線で示した。
「あ、はい……」
 言われるまま椅子に腰を下ろし、その様子を眺めていた。
 蓬田さんは手際よく料理を皿へと盛ると、テーブルにそれを並べた。
 焼き鮭とだし巻き卵、それに俺の好きなほうれんそうの胡麻和えが、彩りよく盛られている。味噌汁は具沢山で、見た目も香りもおいしそうだ。
「昼食にしては軽めですみません。足りなかったらまた何か加えますから」
「あ、いや! これだけあれば充分ですよ。作るの大変でしたよね」
「えっ、いえ……。もうずっと自炊してましたから、これくらいは……」
 伏目がちに微笑みながら、蓬田さんは茶碗に白米をよそう。湯気が立ち上り、俺の腹は勢いよく鳴り響いた。
 恥ずかしさのあまり、腹を押さえて俯いていると
「あ、あの、遠慮しないで食べてて下さい。最初にそう言ってれば良かったですね」
「す、すみません……なんか」
「いえ、腹が減るのは健康な証拠ですから」
 ニッコリと微笑む姿に、またも胸がきゅっと苦しくなる。おかしな感覚に首を傾げていると、蓬田さんの腹もくるると小さな音を立てた。
「あ……」と呟き、顔を紅く染める。それがまた可愛らしく見えて、俺は暫くの間、その顔を眺めていた。
「あっ、え、と……、冷めちゃうから食べましょう?」
 声を掛けられてハッと我に返る。
「そ、そうですね。すみません、待たせちゃって……」
「い、いえ、そんなの気にしないで下さい。それじゃ、いただきます」
「はい……、いただきます」
 ぎこちない雰囲気の中、食事を始めた。俺は汁物から先に口を付ける。途端にだしの風味と、具材の旨味が口の中に広がった。
 ――うまい! 何だ? 親父のも旨いとは思ったけど、これほどまでは……。
 母さんも料理上手だけど、それとはまた違った感じで素朴な味で、凄い好みだ。
 上機嫌になった俺は、どんどん箸を進める。あっという間に食事を平らげてしまった。
「まだお代わりあるから、どうぞ」
 そう言うとキッチンに戻り、また新たに皿を並べ、ご飯も二杯目を盛ってくれた。
「すみません、なんか、がっついちゃって……」
「そんな。おいしそうに食べてもらえると、作った甲斐がありますから」
 気のせいか、蓬田さんが嬉しそうにしているように見えた。
「そう……ですか?」
「ええ、沢山食べてくださいね。俺も一人で食べるより、食欲が湧きますし」
 昨日のような困ったような笑みではなく、照れたような嬉しそうな笑顔を向ける。
 それを見ていたら、心がじんわりと温まるような気がした。
「それじゃあ、遠慮なく。蓬田さんって料理も上手なんですね。俺、この味付け凄く好きですよ」
「口に合ったみたいで……良かったです」
 蓬田さんは伏目がちに微笑んだ。少し目許が潤んでいるような気がしてじっと見ていると「あ、そう言えば、あれも出そうかな」と独り言を呟き、台所に立ってしまった。
 それを不思議に思ったが、少しして戻ってきた時には特に変わった様子も無かった。
「これ昨日の夕方に漬けたから、あんまり味が染みてないかも知れないけど、良かったら」
 皿に盛られたものを見ると、彩が鮮やかな浅漬けだった。キャベツの葉や人参、昆布、きゅうりも添えられてある。
「漬物まで……自分で?」
「ええ。俺、どうやら貧乏性らしくて、野菜のクズとか捨てられなくて……」
「いや、良いと思いますよ。ゴミも減りますし、おいしく食べられるんですから」
 俺がそう言うと、蓬田さんは本当に嬉しそうに微笑んだ。
 和やかな雰囲気の中、お代わりにも箸を伸ばし満腹になった俺は、食器を片付けようと手を伸ばす。
「ごちそうさまでした。すごく美味しかったです」
「ああ、いいですよ、そのままで。また手を滑らせて落としたら……」
 そこまで言いかけて、蓬田さんは口を噤んだ。
 その言葉に疑問を抱いた。なぜ俺が不器用だと知っているのか。確かに食事をする機会もあっただろうが、大抵の場合、外食じゃないだろうか?
 その疑問を投げかけてみた。
「こうしてご馳走になる事って、もしかして結構ありました?」
「あっ、いえ! たまに麻里といた時に来てたくらいですよ……」
 困った風に笑う蓬田さんを見ていると、何となく嘘のような気がした。
 この人は嘘がつけないタイプかも知れない。そう思い、カマを掛けてみる。
「俺ってその時、何か手伝ってました?」
「え……、やってくれようとはしてましたけど……。麻里が兄は不器用だから、触らせないでって……」
 麻里がそんな事を? 記憶にある麻里は、逆に面白がって手伝わせようとしていた。
 それは小さい頃の記憶だから、大人になったら変わったのかも知れない。そう思い俺がじっと見据えていると、蓬田さんは目を泳がしてそわそわとしている。
 まるで嘘がバレないかと、肝を冷やしているようだ。
 部屋の事と言い、もしかして俺はやっぱりこの人と一緒に暮らしていたのではないだろうか。そんな疑念を抱き問おうとした時、玄関のチャイムが鳴る。



               ――to be continued――


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――扉を開けて――<14>

 俺は脱衣所を眺めながら、何か思い出せないかと懸命に周りを見渡した。
 だが、そうするとまた頭痛が襲ってきそうで、一旦考えるのを止めてゆっくり湯に浸かる事にした。束ねていた髪を解き脱衣を済ませると身体の汗を流し、久し振りに湯船へとのんびり身を預ける。
 そうして今までの出来事を振り返り、一人考えに耽った。
 親父や母の事、それに吉岡とこの蓬田さん……。俺が見た感じでは、吉岡が言うような人物ではないように思えた。
 あの辛そうな笑顔は、俺に対しての罪悪感からか、または演技か。だけど、友達の不遇を儚んでいるようにも見える。今の状態では何とも言いがたい。
 一体、どんな事件だったというのか。
 麻里に関しても疑問は募る。どうして蓬田さんに俺を託せと言ったのか。
 もし吉岡の言う通りなら、夫の不祥事に賛同するような事はしないだろう。麻里は何だかんだ言っても正義感は強かった。しかし、亡くなった後なら分らないで、友達のままでいたと思い込んでいる事も?
 いや、仮に麻里も吉岡のように幽霊としてこの世に留まっていたとしたら、全部見ていて分っているかも知れない。
 もしかしたら麻里が、何か鍵を握っているのか?
 もんもんと考えていたせいか、気が付けば結構な時間、長湯をしていた。
 家を出るときの事や移動の時間も重なり、疲れが溜まっていた俺は、自分でも気が付かないうちに上せていたらしい、風呂から出ようとして、眩暈を起こした後、派手に転んでしまった。
 その音を聞きつけたのだろう、廊下を駆ける足音が聞こえた。
 勢いよく脱衣所のドアが開く音が聞こえ、曇りガラスに人影が映る。
「大丈夫か、隼人! どうした!?」
 俺は風呂場でコケてしまった事が恥ずかしくて、慌てて起き上がろうとしたが、フラフラで立ち上がれなかった。
「い、いや何でもないです。ちょっと躓いてしまって……」
 曇りガラスの向こう側でも分るくらい、蓬田さんは青ざめた顔で
「どこか打ってないか? 怪我は無いか?」
「あ、一応、大丈夫みたいです……。ただ上せたみたいで……」
 俺は何とか起き上がったが、今度は壁に身を預けるしか出来ないでいた。
「隼人、大丈夫か? 手伝おうか?」
「え、いや……、大丈夫です、よ」
 と、言葉の端から激しい眩暈が起きて身体を支えていられなくなり、ズルズルと壁伝いに尻餅をついてしまった。恥ずかしさと情けなさで頭を抱えていると、ドアの開く音が聞こえた。驚いて顔を上げると、蓬田さんは血の気が失せたように、真っ青な顔をしながら
「顔色が悪い……。少し熱を冷まそ……しましょう」
 どちらかと言うと俺よりも蓬田さんのほうが心配になるくらいだと言うのに、懸命に俺の手を引く。
「あ、す、すみません……」
 よろよろと立ち上がり、ずぶ濡れのまま脱衣所まで来ると、バスタオルで拭いてくれようとする。
 まるで子供になったような気分だ。この人は相当、世話好きなのだろうか。
 それとも、親父に面倒を見るように言われたからだろうか、真意は測りかねるがどちらにしても困ってしまう。
「あ、いえ……。これくらいは出来ますから……」
 ハッとした表情で見上げた蓬田さんは
「そ、そうですよね……。ちょっと気が動転してて……。あ、冷たいタオル、用意します」
 俺を支えながら洗面台でタオルを濡らし手渡すが、なぜか視線を逸らされた。そしてその横顔は、少し赤くなっているように見えた。
 湯気にでもあたったのかと思い、俺は不思議に思いながらもバスタオルを腰に巻いていると、しどろもどろに話しかけてくる。
「へ、部屋に戻ったら、氷枕を持ってきますから。あ、の、取りあえず、それを首周りに……」
 言われるままに濡れタオルを首に巻くと、クラクラとしていた頭が少しずつ冷めて眩暈が治まってくる。
「……すみません、何だか初っ端から……」
「い、いえ、そんな事は……。あ、あの、飲み物……部屋まで持って行きますから」
 部屋に向かおうと歩き出すが、まだ足元が覚束ない。フラフラとしていると、着替えを持った蓬田さんが視線を逸らせたまま、俯き加減で肩を貸してくれた。
 その頬はやはり赤い。耳までもが朱に染まり、もしかしたら熱でもあるのだろうかと気掛かりになる。
 額に手を伸ばした時、身体をビクリと震わせて俺を見た。
 驚いたように見開かれたその瞳が艶やかで、なぜか胸の奥がぎゅっと苦しくなった。
「あ、いや、その……。熱でもあるのかと思って……」
「え……、別になんとも……ないですよ?」
 蓬田さんは困ったような笑顔を向ける。頬に幾分の紅を残したまま、綺麗な瞳が三日月を描いた。 
 間近でよく見てみれば目鼻立ちは整っているし、俺と同じ年なのに肌もきめが細かい。
 ――この人が女だったらきっと、いい奥さんだったろうな。
 可愛いし、気も利くし……って、いや、実際は男だし! 麻里の夫だった人だぞ?
 それに友達だったんだ。多少は心配する事もあるだろうから、世話好きなタイプだったとしたら、この人にとっては当たり前のことなのかも……。
 何で女だったら――なんて考えたんだ? 何だ、この変な感じは……。 
 おかしな考えを振り払うように頭をブンブンと横に振ると、眩暈がぶり返す。
 立ちくらみを起こし、その肩に体重を掛けてしまった。蓬田さんは焦ったように支えてくれた。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、い、いえ、別に……。はは、ちょっと疲れてるのかも……」
 心配そうに見つめるが、その瞳を見るとまたぎゅっと胸の奥が切なくなる。
 どうしてだろうと考えてみるが、やはりそれは思い出せない罪悪感だろう、と考えが行き着き、自分を納得させた。
 それにしても麻里はいい人を選んだと思う。きっと、この調子だと家事も協力してくれていただろう。付け焼刃程度で、ここまで家を保っていられるとは考え難い。
 性格だっていい人だと思う。それじゃなかったら、俺が高校からずっと友達でいたとは思えない。あの吉岡という男の霊は、俺に嘘を付いている。そう思いながらベットまで辿り着くと、雪崩れるように布団の上へと身を置いた。
「それじゃ、飲み物、用意しますから、ちょっと待ってて下さいね」
「すみません、何から何まで……」
 蓬田さんはまた笑顔を向けると、部屋を出て行った。
 俺は風呂場での愚行から開放されホッと息をつき、ベットに横たわりながら、考えを巡らせる。
 ……俺、あの人に触れられても、全然、嫌じゃなかった。両親以外は嫌だったのに。
 って言うかむしろ……なんか、可愛いと思ってしまった……。
 見た感じは別に中性的じゃないし、そんなに華奢な感じでもないのに、変だよな?
 あ! あの目か! あの人、黒目が本当に大きいんだよなぁ。あれは動物的って言うのか、癒やし系の目だよな、うん。
 犬……? いや猫か? 猫は違うな。とすると、兎か? それもなんか違うんだよなぁ。
 なんだっけ、どっかで見たような……。
 そんな風に考えていると、部屋をノックされ返事をする。
 蓬田さんはベットまで茶色い液体が入ったグラスと、氷枕だろうか、タオルに包んだものを持って来てくれた。
「気分はどうですか?」
 グラスを差し出すと、心配そうに顔を覗き込む。
「ええ、だいぶ楽になりました」
 返事をしながらグラスを受け取り、繁々と眺める。薄茶色の液体が何なのか気になり、アルコールかと思い鼻を寄せてみるが、匂いはしなかった。もう時間も時間だし、寝る前の薬を飲もうかと考えていると、勘違いしたのだろう、蓬田さんは
「本当はスポーツドリンクの方がいいと思うんだけど切らしてて……。でも麦茶も身体に良いからと思って持ってきたんですが、もしかしたら嫌いでしたか?」
 そう言いながら、枕の上に氷枕を乗せていてくれた。
「あ、いえ。そうじゃなくて……。薬を飲もうかと思っていたので」
「それじゃ水の方が良いですね。今、持ってきます」
 何度も往復させてしまうのも悪いと思った俺は
「い、いえ! 大丈夫ですから。寝る前の眠剤なので、これで充分ですから。それよりも蓬田さんも疲れたでしょう? あとは適当に自分で出来ますから、もう休んでください」
 蓬田さんは俺の言葉を聞くと、また瞳に影を落とした。
「あ……、そうですよね。気が付かなくてすみませんでした……。それじゃゆっくり休んで下さい」
 何が気が付かなかったと言うのだろうか? 充分すぎるほど世話をして貰った気がするのに、と、首を傾げていたら、蓬田さんは早々に部屋から立ち去ってしまった。
 その様子が気になったものの、疲れがピークに達していた俺は、着替えを済ませると薬を飲み、ベットへと潜り込んだ。置いてくれた氷枕が心地良くて、俺はすぐに眠りに就いてしまったらしい。気が付いた時には、強めの日差しがカーテンの隙間から漏れていた。



               ――to be continued――

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――扉を開けて――<13>

 親父が帰った後、何を話していいものか分らないで戸惑っていると、その人はこちらを窺うように視線を投げながら、意を決したように口を開いた。
「あ、あのさ、隼人。疲れただろう? 今、住んでいる所、結構遠かったみたいだし。あ、それとも腹が減ったか? 何か食うか?」
「いえ……別に。移動しながら食事は摂っていたので」
「それじゃ煙草は? 灰皿ならあるからリビングで」
「……煙草? 俺は煙草を吸っていたんですか?」
「そ、そっか。ああ、うん。気にしないでくれ。え、と……、それじゃ風呂は?」
 色々聞いてみたい事もあったが、急に真相を尋ねるのもためらわれる。取りあえず、その提案に乗り、様子を見てからと思った。
「ああ、そうですね……。入りたい……かも」
「ん、分った。今、お湯を張るから、ちょっと待っててくれな?」
親父がいる時とは違い、言葉使いが親しげだ。しかし、相手が俺の事を知っているとしても俺には分らない。それに吉岡の言葉が頭の隅にこびりつき、もやもやとしながらその人を見下ろす。
「あの……。呼ぶ時は名前で呼んだほうが良いですか? それとも苗字で?」
 途端に顔を強張らせるその人に、俺は胸が酷く締め付けられた。
 なぜ、こんなにも心が痛くなるのだろう。もし、吉岡の言う通りだったとしたら、俺は記憶が定かじゃないにしろ、この人に対して憤りのような気持ちを抱くと思う。だけど、そんな感情は全然湧いて来ない。むしろ吉岡の方に嫌悪感がある。そんな事を考えていたらその人は幾分、戸惑った様子で口を開いた。
「あ、ああ。そうだな……。ごめん、隼……桜井さんにしてみれば、俺は知らない人同然だ……ですよね。いきなり名前で呼ぶのは抵抗があると思うので、蓬田で……」
「じゃあ蓬田さん、俺はそれまでどこにいれば……?」
「……桜井さんの部屋、そのままですけど……良かったら」
「え? 俺の部屋なんてあるんですか?」
 蓬田さんは一瞬、ハッと驚いたようにした後、繕ったような表情で俺を見る。
「あっ、あの……。会社の寮が狭いとかで、荷物預かってくれないかって。それで……」
「そうだったんですか。何か……俺って図々しかったんですね……」
「い、いえ! そんな事は……。俺も広くて持て余していたので……。よく泊まってくれて、助かりましたよ。独りでいるとどうしても、気落ちしますから……」
 そう言いながら俯き加減で、部屋まで案内してくれた。
 八畳ほどの広さだろうか、そこにベットと机があり、弓道の道具が置いてあった。
「お、こんな所にあったんだ。てっきり引越しの時に処分したかと思ってた」
 俺は独り言を呟き、懐かしい道具に触れる。
 蓬田さんは微笑んで「良かったですね。それじゃ準備してきますから」と、部屋を出て行った。返事もせずに悪かったかな、とは思ったが、俺は道具の点検に夢中になった。
 一通り弓と矢の確認を終えると、道着が入った袋が側に置いてあった。
 取り出してみると綺麗に洗濯されていて、柔軟剤の香が漂っている。袴もアイロンをかけたと思われるような、きっちりと折り目があった。
 蓬田さんがこうして手入れしてくれたのだろうか……?
 友達だったとしても、俺だったらここまでしないと思うんだけど……。
 そう思い、机やベットも確認してみる。ベットは布団が定期的に干されているのだろう、日向の匂いがする。机は綺麗に整頓されていて、埃一つ無い。おまけにクローゼットまで置いてある。これでは泊まりに来ていたと言うよりは、一緒に住んでいたみたいだ。
 以前の俺は、相当厚かましかったのだろうか。妹夫婦の家に、こんなに荷物を預けるなんて、どうかしてる。しかし、蓬田さんは『独りでいると』と言っていた。
 それは麻里が事故で亡くなった後……という事だろうか?
 それにしても……かなり無神経だろう。もし俺が反対の立場だったら、うちは物置じゃねぇって、相当、キレると思うんだが……。どうしてそんな俺と、友達でいてくれたのだろう?
 弱みを握って借金を背負わせるような人間が、ここまでしてくれるだろうか?
 そんな事を考えていると、ドアのノックする音が聞こえる。
「隼……、桜井さん。お風呂沸いたから、どうぞ。タオル類は用意しましたけど、着替えはそこのクローゼットに置いて行ったものが入ってますが……サイズがちょっと合わないかも知れないです」
「あ、ああ、すみません。今、行きますから」
 クローゼットを開けて見ると、以前の俺が着ていただろうと思われる服があった。
 一枚を取り出し身体に当ててみると、やはり蓬田さんの言う通り少し大きいようだ。
 薬の影響か、痩せてしまったのだろう。鞄から着替えを取り出しドアを開けると、部屋の前に蓬田さんは待機していた。
「あ、あの……。間取り分らないだろうから、説明しますね。こっちがトイレで、こっちの部屋は物置代わりに使ってます。俺の部屋は居間の隣なので、何かあったら声を掛けて下さい。……それじゃゆっくり入って来て下さい」
 蓬田さんはそう言うと、リビングへ向かおうとした。その後姿に声を掛ける。
「あ、あの……。ありがとうございます。その、なんか……話しにくそうだから、俺の事は名前でも良いですよ? すみません、気を遣わせちゃって……」
 考えてみれば相手は俺の事を知っているのだ。急に呼び名を変えるのも違和感があるだろう。
「え、いや、だけど……、桜井さんは……」
「俺は別に構わないですよ。あなたが今まで通りの呼び方をしても、不快には思いませんから」
「そう……ですか」
「ええ。何か話しにくそうですし……」
「え、と……、そうですね。じゃあ、俺は今まで通りに呼ばせてもらいます」
 蓬田さんは複雑そうな表情をしながら微笑んだ。
 友達同士だったらやはり『さん』付けもおかしいかと思い、問う。
「俺もやっぱり、名前で呼んだほうが良いですか? 考えてみれば同級生ですよね? 敬語もちょっと変かも知れないし。あなたさえ良かったら、俺も敬語は控えますが……」
「それは……、どちらでも」
「そうですか。もし、気に障ったら申し訳ないのですが、俺はまだあなたを思い出せていない……。だから……今は名前で呼ぶには少し抵抗があります」
「あ……、でしたら、苗字で構わないですよ。それに……敬語でも」
 蓬田さんの答えに、ホッと息をついた。
 俺は弓道を習っていた事もあり、礼儀を重んずる。初対面や目上には敬語を使わないとどうも落ち着かない。中学卒業程度の記憶しかない今の俺にとっては、同級生と言われてもいまいちピンと来ないのだ。
 それにしても、言葉を交わせば交わすほど、吉岡の言葉に疑問が募る。蓬田さんは悪い人じゃ無さそうだ。とても弱みを握って云々とか、出来そうもないタイプだと思う。
 その憂いを帯びた瞳が無理に微笑んでいるように見えて、これ以上そんな風に気を遣わせてしまっては悪いと思った俺は「え、と……それじゃ、お風呂借りますね」と、その場を後にした。



               ――to be continued――

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――扉を開けて――<12>

 それから梅雨の時期独特の蒸し暑い湿った空気の中、親父の運転する車に乗り込むと、約二十分くらいで駅に到着する。ローカルな電車に乗り込み、比較的大きな駅へと到着すると、新幹線に乗り込んだ。
 前に住んでいた場所とは、新幹線を利用しなければその日のうちに着かないと、親父は言う。そんなにも遠くに離れたのには、母のためだけではなく、俺の事も考えての事だろう。俺が周囲から、奇態なものでも見るような目を向けられないようにとの配慮か、もしくは近所に迷惑を掛けないためか。確かに精神的に不安定だった時の事を思い出すと、俺はよく悲鳴を上げていた。そんな姿を見ていたからだろう。
 それにしても吉岡の言葉が気になる。涼太という人が、俺に借金を背負わせたって?
 麻里はその事について許して欲しいと言ったのか……?
 そう考えている矢先、途中の駅で足止めを喰らった。どうやら電気系統の不備が見つかったらしく、俺達はそこで暫くの間、動けないままだった。雨足は強くなり、窓を濡らしている。それを眺めるのも飽きた頃ようやく復旧し、動き出したのは日も欠けた頃だった。
 そして涼太という人が住む町に到着したのは、夜も更けた頃だった。
 親父は途中でその人に連絡を入れていたようだが、少し落ち着かない様子で独り言を呟いた。
「……今日は厄日なのだろうか、随分時間が掛かったな」
「そうなんだ? いつもはどれくらいでここに着くんだ?」
「そうだな、四時間もあれば……。今日はその倍以上、掛かっている」
 その言葉に俺は、吉岡が放った台詞を思い出していた。
『行かせない……。認めない、そんな事は!』――。
 もしかしたら奴の仕業かも知れない。何の根拠も無いが、そう思った。
 そしてまたトラブルに見舞われる。乗り込んだタクシーの運転手がこの街に疎い人だったらしく、道を間違えて遠回りをし、その挙句、軽い接触事故を起こした。代わりのタクシーが到着するまでかなりの時間を要し、俺達が涼太という人が住むマンションに到着したのは、日付も変わった頃だった。

 親父はエレベーターに乗り込み、無言のまま外廊下を歩いて玄関前に着くと、緊張した面持ちでインターホンを鳴らす。
 少ししてから、あの青年が現れた。
「涼太君、すまなかったね。待たせてしまって……」
「いえ……。大変でしたね、何か色々遭ったみたいで……。無事でなによりでした。どうぞ、入って下さい」
 伏目がちに親父を見上げるその姿は、はっきりとは見えないが、病院で会った時と差ほど変わってはいないようだった。
 髪を切ったのか、さっぱりとした印象だ。相変わらず瞳が大きくて、整った顔立ちをしている。麻里が好きそうなタイプだ。そんな事を考えながら、親父の後を追従する。
 リビングに通され、ソファーに腰を下ろす。男の一人暮らしにしては随分と綺麗にしているようだ。
 繁々と周りを見回していると、その人と目が合う。だが、眉を顰めて浮かない顔をしている。
 俺に対して、何かまずいでもあるのだろうか。もしかしたら吉岡の言う通り、この人が俺に借金を背負わせて……、だから負い目があるのか?
 考えを廻らせていると、親父は気まずそうにしながら
「申し訳なかったね、こんな夜更けに」
 その人は親父と俺にコーヒーを差し出しながら、硬い表情で張り付いたような笑顔を向ける。
「いえ、大丈夫です。明日は休みを取っているので……」
「そうか、急な話で申し訳なかったね」
「そんな事ないです。こうして訪ねて来てくれて……凄く嬉しかったです」
「ありがとう……。でも夜も更けた所だし、手短に話そうと思う。その仕事についての事だが、涼太君は日中、家を空けているのかね?」
 親父は何だか、話を早急に済ませようとしている気がした。口では謝罪や感謝しているものの、母と同様、あまりこの人に対して、好印象を抱いているようには思えなかった。
 やはり、あの吉岡という男の言う通りなのかと思いながら、耳を傾ける。
「あ、はい。今はアルバイトですが……」
 親父はその人をじっと見つめ、息を一つ吐いてから、
「申し訳ないんだが……その仕事を辞めることは可能……だろうか? いや、勿論、こちらも隼人を預かってもらう以上、出来るだけ協力させてもらうつもりだ。今、隼人はこう見えて……普通の状態ではない。私はそれが心配なんだ」
「……ええ、気持ちはすごく分ります。近いうちに職場にはそのように……。でも生活費の心配は無用です」
「いや、困るだろう? 収入が無いと……。隼人にも色々掛かるだろうし、こちらからの勝手な言い分で君に迷惑を掛けてしまうんだ。それくらいは出させてもらいたい」
 親父はその人に深々と頭を下げた。
「い、いえ……そんなつもりでは。どうか頭を上げて下さい」
 その人は慌てた様子でソファーから立ち上がると、親父は頭を上げて視線を送る。
「それでは、毎月君の口座に振込みをさせて貰う。それで良いね?」
「あ、……はい。分りました」
 その人は親父に押し切られる形で、渋々それを了承していた。
 吉岡は俺に借金を背負わせた男だと言っていた。しかし、話を聞いていると印象がまるで違う。ネコを被っているのかと、疑いの眼差しを向けた。すると視線に気が付いたその人は、不意に目を背けた。やはり怪しいと思いつつ、二人の会話を聞く。
「でも急に仕事を辞めるわけには行かないので……。昼間は居ないですが、その間、僕の友人が隼人を見てくれると言っているので」
「友人? その人は?」
「はい。海外で知り合った人で、僕にとっては……――」
 話がおかしな方向へ向かっている気がした。
 どうやら俺は日中、その外国の人と過ごすらしい。他人と居ても大丈夫かとやや不安になる。しかし、考えてみれば、この涼太という人も、他人同然なのだ。どちらにしろ俺は、知らない人の中でこれから生活をしなければならない。そう決めたのは自分だし、文句は無い。ただ、吉岡が現れた時の事を考えると憂鬱になる。きっと奇矯なものでも見る目で見られることだろう――。
 考えに耽っていると、会話を聞き逃していた。慌ててその話に集中する。
「――だから、心配には及ばないと思います」
「……その人とは、どういう経緯で?」
 親父は眉を顰め、チラリと俺を見た。その仕草が少し気になったものの、俺は二人の会話に口を挟むことはしなかった。
 その人は一瞬、親父の顔を見て表情を硬くした。それを察した親父が、少しきつめの口調になる。
「君は――、その人とは?」
「あの事件の時に……協力してくれた人です。事情も知っていますし、日本語も話せますので……。彼は故郷に恋人もいます」
 俺はその人の言葉にほっと息を吐く。事情を知っているなら、例え俺が不可解な行動をしたとしても奇妙な目で見たりはしないだろう。しかしなぜ、恋人とかの話になるのだろうか?
 疑問を抱いた俺は、その人をじっと見据えた。けれどその視線はずっと親父に向いたままだ。
「……そうか」
 親父は安心したように、呟いた。だが、なぜそんな態度を取るのか、不思議に思ったが、それを口にするのが憚られるような気がした俺は、ただじっとその涼太という人物を眺めていた。その人はその大きな瞳を一瞬だけこちらに向けて、視線を親父に戻すと
「……まだ、記憶は戻っては――?」
「そうみたいだな。中学卒業くらいまではあるらしいんだが……。な? そうだろう、隼人」
 話題が俺に移り、幾分戸惑ったが頷いた。
「……すみません、思い出そうとすると、割れそうなほどの頭痛がするんです。あなたは俺と高校からの友達……なんでしょう?」
 その言葉を聞いたその人は、瞳に暗い影を落とした。
「そう……だよ。だけど、頭痛がするなら、無理に思い出さないで良いから……。隼人は病気を治すことだけ考えてくれたら、俺はそれで……」
 悲しそうな表情で答えるその人を見ていると、吉岡の言葉が嘘のように思えて来る。
 真実は一体、何なのか。思い出せない苛立たしさに、身が焦げそうになる。
 壁に掛けた時計の音だけが響いていた。親父はそれに目をやると
「では、話が決まったところで、私は失礼するよ。それじゃ涼太君、隼人をお願いします」
「あ、お義父……、いえ、桜井さん。良かったら泊まって行きませんか? もうこんな時間ですし、帰りの新幹線も、もう……」
「いや、私は明日、どうしても抜けられない講義があってね。朝一番で帰らなくてはならないから、駅の近くのホテルに泊まるとするよ」
 親父は俺に視線を移すと
「それじゃ隼人……。涼太君の迷惑にならないように……。それと何かあったら直ぐに連絡をしなさい、分ったな?」
 親父は俺に向かって子供にするように頭を撫でた。それが気恥ずかしくて身体をずらす。
「い、いや。子供じゃあるまいし、そう言うことは止めてくれよ」
「親って言うのはな、隼人。子供はいつまで経っても子供なんだよ。例えお前がよぼよぼの爺さんになってもな」
 親父は優しい眼差しで告げた。それを複雑そうな表情でその人は見ている。
 視線に気がついた親父はその人に頭を下げると、部屋を後にした。
 残された俺たちは玄関先で後ろ姿を見送る。



               ――to be continued――

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――扉を開けて――<11>

 薬を飲み一息つくと、少しずつではあるが痛みが弱まってくる。記憶を辿った時との頭痛とは違た痛みらしく、吐き気までは催さなかった。
 俺が落ち着いたのを見計らった親父が、同じソファーの隣に腰を下ろした。
「落ち着いたか?」
「ん、少し。まだ痛むけど、大丈夫だよ。で、麻里がどうしてそんな事を?」
「それは……私にも正直、分らない。麻里がなぜ、あんなに必死に……。でも、麻里がそう言ってくるという事は、私達も知らない事情を知っているかもしれない、そう思うようになってね。父さんは、麻里に懸けてみようと思う。……それで、お前を涼太君の許へ預ける事にした。昨日、電話で話していたのはその事だ。母さんも退院の目処が立たないし、私もこれから忙しくなる。家政婦を雇う事も出来るが、それじゃお前が気を遣うだろう?」
「ん、そうだな……。知らない人が家にいるのは、落ち着かないかもしれない。それにまた……いつどうなるかも分らないし、他人がいるのは嫌だ」
「でも、お前を一人にする事は出来ない……。誰かといる事でお前は理性を保てている、父さんはそう思うが、違うか?」
 確かに父の言う通り、誰かが側にいると幻覚症状はそんなに起こらない。起きたとしても、一人でいるときのような激しいものではない。
「そうなのかも……知れない」 
「もし、お前が涼太君のところに行くのが嫌であれば、また入院になると思うが……」
「病院はもう、行きたくない。だけど、俺にはその涼太って人がどういう人なのか……頑張ってみても思い出せないんだ、頭が酷く痛くなって……」
 親父は宙を仰ぎ、ぽつりと呟いた。
「一緒にいる事で思い出すかも知れない……。麻里もそう言っていた」
 親父の推測通り、麻里は全てを知っているのだろうか。
 だが、俺の前に現れた事はない。いつも出現するのはあの晃という男だけだ。
 俺は親父の話と照らし合わせて、考えてみた。
 もしかしたら、親父も幻覚を見ているのか、はたまた夏場になるとよくテレビなどで特集を組まれる、心霊現象というものなのだろうか? 
 俺自体、そんな経験が無いから――とは言っても記憶にある限りだが、そんな非現実的な事は受け入れがたい。
 だがもし、幻覚ではなく心霊現象だったとしたら、実在していた人物かも知れない。そう思った俺は、親父に問う。
「なあ、親父。『晃』って名前の男、知らないか?」
 親父は訝しげな表情をしながら「晃……?」と、独り言のように呟いたと思うと、何かを思いついたのかハッと目を見開き「ちょっと待っていなさい」と言い残し、部屋に戻る。 
 そしてノートパソコンを持ち出し、それを起動させた。
 俺は黙って様子を見ていると、親父の表情が険しくなる。
「晃……。そうだ、この男だ」
 俺はその言葉に息を呑み、画面を覗き込んだ。映し出された画面には、英字新聞をパソコンにスキャンしたであろうと思われる画像が呼び出されていた。
 そこには小さな記事ではあるが、俺と他二人が映っている顔写真が並んでいた。一人は知らないが、もう一人は俺の前に姿をよく現す人物だった。
「……これは?」
「この男がお前を陥れた犯人だ。名前は吉岡晃。お前の直属の上司だった男だ。その男のことを思い出したのか?」
 それを聞いた途端、背筋に悪寒が走る。身体全体が粟立つようだった。
「いや、思い出した訳じゃないけど……たまに夢で見るんだ。この男は今、どうしてる?」
「……死んだ。自殺したらしい」
 やはり男は実在していて、この世の者じゃなった。今まで幻覚と思い込んでいたそれは、幽霊だったのだ。
 親父はそれっきり口を閉ざしたまま、画面へと視線を落とす。俺は画面を覗き込み、新聞記事を読んでみたが、詳しい事は書いていなかった。ただ、吉岡という人物が自殺をし俺が重体で病院に運ばれ、もう一人が行方不明になって捜索中と言う事だけだ。
「これって、続きは無いのか? この後どうなったとかは?」
「知りたいか、隼人。どんな事件だったか……」
 親父の事だ、多分事件の全貌が載った記事はストックしてあるだろう。それを敢えて俺に見せないようにしているようだった。重々しく口を開くその姿に、事件の真相を聞いてはいけないような気がして沈黙をしていると、親父は安堵したかのような表情をした。
「いずれ思い出すかもしれない……。涼太君と共に過ごして行くうちに」
 親父が遠い所を見るかのように視線を流し、ぽつりと呟いた。
 先程の態度といい、親父は何かを隠している。それもかなり言いにくいことなのだろうと察しはつく。俺は自力で思い出さなければいけない、そう思った。
「分ったよ、親父。俺、その涼太って人の所に行くよ」
「そうか……」
 親父は複雑そうな眼差しで俺をじっと見据えた後、ソファーから立ち上がった。
「それじゃ、日が暮れないうちに向かおう。隼人、荷物を纏めなさい」
 俺は親父に従い、自分の部屋に戻ると、衣類やら必需品やらを鞄に詰め込んだ。

 準備が整い、部屋を出ようとした時だった。部屋全体がまた、冷たい空気に覆われる。
『行かせない……。認めない、そんな事は!』
 あの男の声だった。姿を現した男は硬い表情のまま、俺に近付く。
 俺はそれから逃れようと身体を動かそうとしたが、なぜか指一つ動かす事も出来ずにいた。焦燥するものの、この男の正体が明かされた今、恐怖は怒りへと変わっていた。
 口を開こうとしたら、声すら出ない。仕方なく俺は心の中で、その男に話しかけた。
(お前は俺を陥れた犯人の吉岡……だろう? 何の目的で俺に関わる?)
『約束したじゃないか。これからずっと、永遠に俺といると。犯人扱いとは心外だな』
(生憎、覚えていなくてね。なぜそんな約束をしたんだ?)
『思い出したいなら、俺のところに来ると良い。あの男のところに行った所で、また不幸になるだけだ』
(……あんた、死んでるんだろ? 俺も死ねってことか? 意味が分からない)
『隼人……また地獄を見たいのか? あの男といるとロクな事にはならない……。俺と一緒にこちらに来るがいい。そうすれば、君も記憶を取り戻し、苦痛から逃れられる。さあ、おいで。俺しか君を幸せには出来ないんだ』
(うるさいっ! お前が俺をこんな目に遭わせたんだろうがっ!! その記憶の欠片とやらを返せ!!)
『何を勘違いしているんだ、隼人。君をこんな目に遭わせたのはその男なんだよ?』
 俺はその言葉に混乱する。親父はこいつが犯人だと言った。だが、麻里は親父に涼太という人を許して欲しいと言ったらしい。そう考えると、何がなんだか分らなくなる。
『死人に口なし、とはよく言ったものだ。俺はその男に嵌められて、死に追いやられた』
 吉岡は悲しそうな表情を浮かべて、俺を見た。
(……どういう事だ。その涼太って人があんたに何かしたのかよ?)
『ああ、そうだ。彼はだらしない男でね、君に借金を負わせた。その額はかなりのものだった。その男に弱みを握られていた君は上司である俺に相談したんだよ、何とかならないかと。俺は君の上司だったからね、無碍には出来ない――だから俺は不正を働いてまで君を救おうとしたが……』
(不正……? 俺の弱みって何だ? だけど、なんでそんな事までして俺を?)
『騙されている君が可哀想でね……。放ってはおけなかったんだよ。それをあの男は……』
 吉岡は悲しそうに口の端を上げると、俺に覆い被さった。
(な、何するんだ!! 放せっ!!)
 必死にもがけばもがくほど、身体から引き剥がされる感覚が襲う。
『さあ、隼人。もうそんな悪循環を断ち切って、俺の許に来るがいい。俺だけが……』
 その時、吉岡は小さなうめき声を出したかと思うと身体半分が霧のようになり、俺は軽い衝撃と共にずれた感覚が元に戻る。
『くそ……またか』
 そういい残し、霧散するように姿を消した。同時にうねって冷めた空気も立ち消える。
 その不可思議な現象は、夢か幻でも見たような感じだった。釈然としないまま、ぼんやりと吉岡が現れた方をじっと見つめた。
 どうやら俺は、吉岡に取り憑かれているようだ。そして命を狙われている。
 その事実を知り、途轍もない恐怖心が湧き上がって来ると、ガタガタと身体が震え出す。
 どうしたら良いのかと考えを廻らせているとき、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「隼人、もう出かけるが、用意は出来たか?」
「……ああ。今行くよ」
 俺は一人でいると、きっと命を落とす事になるだろう。誰かが側にいることで、何らかの作用があって吉岡は手出しできないのかも知れない。
 麻里は涼太という人といる事で、思い出すかも知れないと言った。
 たとえ吉岡の言ってる事が本当だったとしても、自分で確かめてみたい。
 そう考えている時に、微かに麻里の声が聞こえた気がした。
『お兄ちゃん――頑張って』と――。



               ――to be continued――

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